「信じてくれるの……?」

 自分でも瞳が揺れているのが分かる。

 こんな非現実的な話、いくら理人でも取り合ってくれないと思った。

「当たり前でしょ。信じるよ、菜乃の言うことならすべて」

 理人は優しく私の手を取った。

 心から慈しむような眼差しと微笑みを向けられ、ついたじろいでしまう。

 本当に童話の中の王子様みたいだ。

 でも、私は彼に釣り合うお姫様なんかじゃない。

 ────そう分かっているからこそ、いつからか理人の隣が少し窮屈になった。

 それでも、私には理人しかいない。

 私の話を聞いてくれるのも、私をひとりぼっちにしないでくれるのも、私を大事にしてくれるのも、理人だけなのだ。

「……ありがとう」

 だけど、ちゃんと分かっている。

 私の理人に対する気持ちは、彼に向ける“好き”は、決して恋心ではない。

 兄のように慕っている、と言った方が正確だ。

 幼い頃からずっとそう────気が弱く大人しい私を、理人はそばで見守ってくれていた。

 私にとって彼が指標のような存在である一方、彼にとっての私は足枷でしかないかもしれない。

 ちゃんとしなきゃ、と思いながらも、理人の優しさにはとことん甘えてしまう……。

 不意に彼が、ぎゅ、と手に力を込めた。

「だから、菜乃も僕を信じて。僕の言うことを聞いてれば大丈夫だから」

「理人……」

「あいつのことなんて考えなくていい。どうせ何も出来やしないんだから……」

 何だか様子がおかしい。

 微笑んでいるのに、氷のように冷たい表情だった。

 ぎゅうう、と嘘みたいに強い力で手を握り締められる。

「い、痛いよ……。どうしたの、理人」

 初めて見る彼の様子に、戸惑いを隠せない。

 怖い。

 痛い。

 こんな理人、知らない。

「……あ、ごめん」

 はたと我に返った理人が、慌てて私を離した。

 手の甲を見れば、赤い痕が残っている。

 それに気付いた彼は慌てたように言う。

「本当にごめん、菜乃。傷つけるつもりはなくて」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど……」

 心臓が早鐘を打っていた。

 動揺を抑えられない。

 理人に対して“怖い”なんて感情を抱いたのは初めてだ。

 彼自身も戸惑っているようだった。

 何かに焦っていたようにも見えた。

 そんな様子を見ていると、先ほどの姿は気のせいだったのではないかとすら思えてくる。

 理人は私を心配してくれただけ。それが少し高じただけ……。

(……だよね?)