十日間、少女は特に何をするわけでもなく、部屋にいた。

障子の扉を開けた先にはお庭があり、その美しさを眺めているだけで十分に楽しかった。

こんなにもゆっくりで静かな日々を送るのは初めてであった。


変化が訪れたのは十日目のこと。

ドスドスとした大きな足音が近づいてきていた。

その音の鳴る方へ顔を向けると、あの美しい男が目を見開いて少女に近づいてきていた。

庭を見るために縁側に座っていた少女の腕を掴む。

ひんやりとしたその手に少女は驚きながらもまっすぐに男を見つめた。


「……そなた、逃げなかったのだな」

「逃げる? なぜ?」

「普通はあやかしの贄にされたとわかったら怯えて逃げ出すものだろう」


その言葉に少女は目を丸くし、そして笑う。

小鳥の鳴き声のようなかわいらしい笑い声に男はひどく驚愕をしていた。

だがすぐに艶やかな笑みに変わる。

掴んだ少女の腕を一度離し、今度は少女の小さな手に指を絡めて握った。

その手を握り返すことなく、少女は静かに口を開いた。


「逃げれないでしょう。ここは人の住まう空間ではないので」

「ほぉ……冷静だな」

「十日も時間が経てば。……それに、私に帰るところはないでしょう」



少女はこの十日で自分の置かれた身を理解した。

少女は義父に捨てられた生贄である。

少女が逃げ出せばこのあやかしは人を弄ぶように村を滅ぼすだろう。

なんの縁もない人たちだが、むやみに命を奪われることを想像すると、少女は逃げられなかった。