目を覚ますとそこはもう少女の知る景色ではなくなっていた。

しっかりと手入れの行き届いた畳からはイグサの香りとやさしく包み込むような感触がした。

厚みのある品質の良い布団で眠り込んでいた少女は身体を起こすと、痛む腹をさすり、あたりを見回した。

部屋は少し離れたところに置かれた行灯のあかりで照らされていた。

最後の記憶が夕暮れどきであったので、数刻ほど眠り込んでいたようだ。

自分の身に起きた現実が実感できず、少女はそのまま固まってしまうのだった。


しばらくして襖が開かれ、一人の男が部屋の中に入ってきた。

濃紺の着流しを着て、腕を組む男の視線はあまりにも冷たく、目が合うだけで全身に鳥肌が立った。

蒼玉色の瞳に少女の姿が映り込むと、侮蔑の色をにじませた。

凛々しくも色気をまとった端正な顔立ちの男は大股で少女の前まで歩み寄り、そしてしゃがみこむと無遠慮に少女の顎を掴み、顔を覗き込んでくる。

鼻で笑う声をあげると男は手を離し、苛立った様子で少女の肩を押すのであった。

体勢を崩した少女は男に押し倒される形となり、蒼玉の瞳に見下ろされていた。

男の銀の髪が少女の頬をするりと撫でてきた。

獲物を狩る肉食獣のような鋭い目つきに少女は声を出すことが出来なかった。


「……はっ、これが今回の贄か」

「え……」

「さてさて、どうするものか。生きた贄ははじめてなものでな。煮て殺すか、引き裂いてしまおうか」

「ま、待ってください。贄って……一体何を言っているのですか?」


告げられた言葉に理解が追いつかない。

いま、少女の身に何が起きているのか。目の前の男は一体誰なのか。

冷静に考えたくとも頭の中がぐるぐると回り、まったくもって整理が出来ない。

男は一瞬目を丸くするも、少女の顔のすぐ横に押し付けられていた手を離し、するりと少女の頬を一撫でする。

だがすぐにその手には力が込められ、頬を圧迫するような痛みに少女は顔を歪ませるのだった。


「そうか、お前は売られてここに来たのだったな。お前は育ての親に贄となるために売られてきたようだな」

「私が……贄……」


見下してくる男の目には侮蔑が込められており、直にそれをぶつけられた少女は言葉を無くすのだった。