「こちらの教室では本当にお世話になりました。社長にもよくしていただきまして……」
七緒の母親が生きていれば、ちょうど同世代。つい母親に対する目で見てしまうこともあり、何度か間違えて〝お母さん〟と呼んでしまったことがある。
というのも江梨子は社長の威光を振りかざすタイプではなく、若手の社員にも気さくに話しかけ、ランチを一緒にとることもあったためだ。
そんな社長ともこれきりだと思うと、七緒自身も非常に寂しい。
「なにかあったら、いつでも相談して。久世さんなら大歓迎よ」
「ありがとうございます」
応接室を出て、江梨子に深く頭を下げる。
優しい笑みを浮かべて中へ戻っていく江梨子を見送り、帰ろうとした七緒がガラス戸を押して開けようとしたときだった。
もっとも会いたくない人間がふたり、扉を挟んだ向こう側に立っていた。
――岡田唯斗、七緒の元彼とその彼女、山下恵麻だ。
唯斗は優しい顔立ちをした爽やかな好青年で、生徒の間でもとても人気のある講師だった。彼の時間はいつも予約でいっぱい。容姿の良さだけでなく教え方も丁寧だと評判はすこぶる良かった。



