敏腕外科医はかりそめ婚約者をこの手で愛し娶る~お前は誰にも渡さない~


翌日の午後、七緒はパティスリーで焼き菓子の詰め合わせを買い、五年間勤めた料理教室『グレンビューレ』を訪れた。

おしゃれな店が軒を連ね、スイーツの激戦区としても知られる街は、平日でも多くの人で賑わっている。駅前ビルの一画にあるグランビューレは都心に二十近くの料理教室を展開しており、七緒が働いていたのはその中でも多くの生徒を抱え、本社も有する教室だった。

退職してから一カ月半、貸与されていた制服がクリーニングから返ってきてからは三週間が経過。いつまでも手元に置いたままにはできない。
恋人に裏切られた苦い思い出はあるにせよ、調理師学校を卒業してからお世話になった勤務先のため宅配便で送っておしまいにはしたくなかった。

エレベーターで三階まで上がりガラスのドアを開けると、受付の若い女性が「久世さん!」と声をあげた。その後の言葉が続かないのは、七緒の退職理由を知っているためだ。

彼女だけでなく、ここに勤めている誰もが三角関係のなれの果てと熟知しているのがとてもつらい。
そんな気持ちを抑えて笑みを浮かべる。ちょっと引き攣るのは見逃してほしい。


「こんにちは。お久しぶりです」
「あの、今日は……?」


立ち上がった彼女がどう対応しようかと迷っているのが手に取るようにわかる。