「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえたのは初めてです」
「そう?」
「はい。……じつは料理教室の講師をしていたんですけど、同僚の彼氏が生徒さんを妊娠させてしまって……」
できるだけ思い出したくないし、人に話して聞かせたい話ではないのに、なぜか聖には聞いてほしかった。
高校は女子高で、その後進んだ調理師の学校はほぼ女子しかいなかった。恋愛をする機会がなく、生まれて初めてできた彼氏だった。
ところが付き合ってたったの三カ月で浮気が発覚し、相手は妊娠。七緒を慕って懐いていた生徒のうえ、七緒は彼とキス止まりのためショックはさらに大きかった。
同じ職場で働いていく自信がなく、辞める決断を下す以外になかった。裏切られた七緒が学校を去る必要はないと同僚たちはみんな口を揃えたが、これから結婚も控えるふたりをそばで見続けられるほどタフではない。堕ろす堕ろさないの修羅場にまで発展しそうになったため、逃げるようにして退職した。
「どっちも最低の人間だな」
「でも私に魅力がないのも一因ですから」



