だからと言ってロマンティックな気分にはなれないのが悲しい。

アフタヌーンティーを楽しむクルーズのため、乗客のほとんどは船内のレストランで優雅なひとときを過ごしており、デッキには七緒ひとり。――と思いきや、ほかに男性がひとりいた。

七緒同様に風に髪を乱されて顔はよく見えないが、手足が長く背が高いのは遠目にもわかる。
ベージュのスラックスと淡いブルーのストライプシャツにテーラードジャケットを羽織ったスタイルは、特別でもないのにやけに目を引く。どことなくオーラのある人間だ。

その男性はおもむろに首を伸ばして海面を覗き込み、なぜか手すりを掴んでジャンプ。身を乗り出した。

(な、なにをするつもりなの……。まさか――)

ふわりとスカートをなびかせ急いで駆け寄る。


「待ってくださいっ」


彼の腕をむんずと掴み引き止めた。瞬間、振り向いた男性の顔を見て息を飲む。

三十代前半くらいだろうか、涼やかな切れ長の目に高く通った鼻梁、細い顎のせいかシャープな印象を与える顔立ちは、七緒がこれまで出会ったことがないくらいに整っていた。