「あ、悪い。楽しいから、つい本物の夫婦の気分になってた」
悪びれもせずにウィンクまで飛ばしてきた。
突然のキスとの二弾攻撃で、軟な心臓がドクンと音を立てる。容姿のいい男には注意が必要だ。
思わず彼から離れようとしたら、今度は手を取られて握られる。
「待てって。そう見えなきゃ意味がない」
聖は左手でカートを押して器用に舵を取り、右手は七緒と指先を絡めてしっかり繋いだ。
平然としている聖とは対照的に七緒は引きずられるようにしながら、ひとり落ち着きをなくしていた。
「あ、そうだ。うち、調理器具も一式ないぞ」
「えっ! フライパンも鍋もですか?」
「ついでに言うと、食器類もまともにない」
驚くべき事実を知らされ、キスとウィンクの二弾攻撃が遠く霞んでいく。
でも料理をしない男性の部屋は、それが普通かもしれない。炊飯ジャーだけはなぜかあるらしいが、一度も使ってないというから驚きだ。
「ここ、鍋とか食器も置いてますか?」



