「リリア!!」

 ふっと目を覚ますと、アレクの声が聞こえた。

 どうやら私の部屋のベッドの上。倒れて担ぎ込まれるのは『リリア』の人生にして二度目だ。

 顔を横にやると、私の手を握りしめ、心配そうに覗き込むアレクの顔があった。

「お父様……」
「リリア! 良かった……!」

 一度目からこんなにすぐに二度目が起こったのだ。父親として娘を心配するのは当然だ。

「リリアをこんな危険な目にあわせるなんて……!」

 お父様は珍しく怒っていた。そして私はハッとする。

「ルーカス様は?!」

 慌てて飛び起きた私に、お父様は優しく頭を撫でて言った。

「ルーカスも無事だよ。リリアが治癒魔法で応急処置をしたんだろう? 良くやった。今、ルーカスを失うわけにはいかないからね」
「良かった……」

 アレクの言葉に私はホッとする。

「でも、これからは無茶をしちゃいけないよ? リリアが命をかけることなんてないんだ」

 リリアにはいつも明るい笑顔を見せるアレクが、少し怒ったような真剣な顔で言った。そして。

「リヴィア様も、自身を犠牲にしてまで国を守る方だった……。リリアは何だか似ているから、私は怖いよ」

 ぎゅうとアレクは私を抱き締めた。

「お父様……」

 私もアレクの身体に手を回し、抱き締めると、彼は少し震えていた。

「ロザリーを失って……リリアまで失ったら耐えられない」

 あ……。

 ロザリーは三年前、二十五歳という若さで亡くなった。病気だった。

 その時のアレクの姿が思い出された。

 本当に仲が良かった両親。アレクはロザリーを愛していて。それは現在進行で。

 忘れ形見である『リリア』を大切に大切に育てて、愛情を注いでくれてきたアレク。

 そんな彼に二度も恐ろしく心配をかけたのだ。

「お父様、心配かけてごめんなさい……」

 私はアレクの騎士服をギュッと握りしめて言った。

「リリア、約束して? もう無茶はしないって」

 私を少し身体から離し、アレクが顔を覗き込み言う。

 アレクに心配はかけられない。でも、『リヴィア』として成せなかったことを『リリア』としてやりたい。それにーー

「お父様、あの時、私は命を削る感覚が無かったので無茶をしました。トロワも大丈夫だと」

 あの時感じたのは、『リヴィア』で感じた命を削る力の使い方とは違った。『リリア』の魔力を消費する感覚で。

「トロワが?」

 アレクがベッドの足元に寝ていたトロワを見た。

「おうよ」

 アレクに「ニャーン」と返事だけすると、トロワはまた寝入った。

 トロワも力を使って眠いらしい。

「本当に?」

 アレクは私の目をじっと見て、問い詰めるように言った。

「本当です! だから、命を削るような無茶はしません。約束します!」

 ……倒れることはあるかもだけど。

 私はアレクに宣言すると同時に、心の中で呟いた。

 でも、リリアは『リヴィア』の時より、強い力を持っている。トロワの力を借りながら、この小さな身体に順応させていけば、きっと出来なかったことも出来るようになるはず!

「私は、出来る力でこの国を守っていきたい。多少の無理はさせてください!」

 私がそう言うと、アレクは、はあ〜と大きく息を吐いた。

「わかったよ。リリア」
「お父様!」

 諦めたように笑うアレクに、私は笑顔になる。

「ただし! 絶対に命をかけることはしないように!」
 
 念を押すようにアレクが言うので、私も元気良く「はい!」と返事をした。

 そんな私を見てアレクは目を細め、優しく頭を撫でた。

「でも、ルーカスにはあまり近付かない方が良いかもね」

 突然のアレクの言葉に私は驚く。

「え、何で?」

 つい『リヴィア』としての素が出てしまったが、アレクは気付いてないようで、続けた。

「あいつは、リヴィア様が命をかけた国を守りたいと思う反面、死にたがっているように見える」

 アレクは遠い目をして話してくれた。

 私はその横顔を見ながら悲しくなった。

「まあ、私の勘だけどね。だからリリアが側いたら巻き込まれるんじゃないかって……」

 アレクは無理やり笑顔を作って言ったけど、ずっとルーカス様の隣りにいる彼が言うのだから、そうなんじゃないかな?

 この国を守るためには、ルーカス様の協力は必須だ。ジェイル様は今、第二王子派に持ち上げられ、周りに言われるがままらしいし。

 うん!まずは、何故か氷のように冷たくなってしまって、しょんぼりしているルーカス様を元気にするのが先のようね!

「だから、『リヴィア』だって言っちまえば早いじゃないか」
「それは、最終手段!」

 寝ていたはずのトロワが、私の思考を勝手に読み取って話したので、思わず声をあげてしまった。

「何が最終手段なんだい?」

 トロワの声が「ニャーン」としか聞こえないアレクが笑顔で聞いてきたので、私は必死に誤魔化した。

「無茶をするのは最終手段だってトロワと話してました〜」
「出来ればそれもやめて欲しいけどね」

 慌てる私に、アレクは苦笑して言った。

 とりあえず、ルーカス様のお見舞いに行こう!

 ルーカス様はこのお屋敷の客間で療養されているらしい。

 そしてアレクが部屋を出た後、私は着替えてルーカス様の部屋に向かった。