井川侯爵はなぎさと八雲神殿へ行った。魔王スサノオが祀られているのだ。そうしてスサノオと対面できる大きい丸鏡があった。なぎさと井川侯爵、神官は鏡の前に行った。
 「大丈夫、スサノオ様はお優しいかたです」
 と、神官が言った。
 なぎさは震えながら、侯爵と、神官と鏡の前にたった。
 なぎさは恐ろしかった。
 「では鏡をおつなぎします」
 と、神官は言った。
 「みかがみよ、ねのくにの君のみかがみとつながりたまえ」
 と、神官が唱えた。
 やがて鏡に人がぼんやり現れた。なぎさは、恐怖した。人の影ははっきりとしてきた。それは女性だった。おかっぱ青い髪でメイドさんの服を着ていた。背に天使のような翼をはやしていた。なぎさは、ほっとした。神官は離れた。
 「おおおおおおお、なんとお美しい」
 と、女性は言った。
 え。
 「初めまして。(わたくし)魔王陛下の家政婦長をしておりますエミリア・スワロウと申します」
 「は、初めまして」
 と、なぎさ。
 「あなたが井川なぎさお嬢さまですね」
 「は、はい」
 「まあ、素敵なお声」
 なぎさは照れた。
 エミリアはなぎさをまじまじと見つめてきた。
 「黒い髪、黒い目、なんとお美しい。魔族でもなかなかおりません」
 と、エミリア。
 え、となぎさ。
 「ああ、どんなに見てもお美しい。えもいわれぬお美しさです」
 と、エミリア。
 なぎさは赤くなった。
 「ああ、早くお嬢さまとじかにおもくめじしたい」
 「ええ、私もです」
 「おおおおおお。お嬢さまも、(わたくし)とおおおお」
 「え、ええ」
 エミリアはなぎさをじっと眺めている。
 なぎさはうつむいた。
 「あ、ああ、お嬢さま、申し訳ない。ついお美しくて」
 「え」
 そんなに私は美しいんだろうか。いくらなんでもおかしい、となぎさは思った。
 「申し遅れましたが、(わたくし)魔王陛下のスポークスマンも務めております」
 と、エミリア。
 「そうなんですか」
 「ああ、しかし、玉のようなお声」
 「え」
 「まるで鈴のようです」
 「・・・・・・」
 なぎさは赤くなった。こんなに人に褒められたことなんてあるだろうか。溺愛している父侯爵くらいだ。
 「なんか初めてお会いした気がしませんねえ」
 と、エミリア。
 「そうでしょうか」
 「ええ」
 「ちなみに(わたくし)はセイレーン族でございます」
 「エミリア、まだか」
 と、男性の声がした。なぎさはびっくとした。きっと魔王スサノオに違いない。
 「ただいま」
 と、エミリア。
 「では、なぎさお嬢さま、スサノオ様をお呼びいたします」
 「スサノオ様」
 と、エミリア。
 「ああ」
 と、男の声。
 エミリアが去った。
 なぎさは戦慄した。
 黒髪長髪、精悍な顔立ちの男が現れた。目は黒く切れ長。フェイスラインはシャープ。鼻筋が通っていた。なぎさはほっとすると同時にみとれた。
 「おぬしがなぎさか」
 と、スサノオがいった。
 「あ、はい」
 と、なぎさが恥ずかしそうにいった。
 「俺が魔王、スサノオだ」
 「初めまして。井川なぎさです」
 「ふーん、俺と同じ黒目、黒髪、漆黒か」
 と、スサノオが乱暴にいった。
 「は、はい」
 よく見たら、スサノオも自分と同じ黒髪、黒目だった。
 スサノオは笑った。なぎさはいぶかしんだ。
 「あ、いや、黒髪、黒目は魔族でもなかなかおらぬでなあ」
 と、スサノオ。
 「まさか、人間で俺と同じやつがいたとはなあ」
 と、スサノオは豪放磊落にいった。
 なぎさは、赤くなった。
 「俺が怖いか」
 と、スサノオ。
 「え」
 と、なぎさ。
 「怖いなら怖いでいいんだ」
 「あのそんな・・・・・・」
 なぎさ。
 「別に俺の妃になることはない」
 「ええええええええええええ」
 「どうだ」
 「そんな。婚約を破棄だなんて」
 「無理しなくてもいいのだ。お前もいきなり魔王の妃なんて無理だろう」
 「そんなことは」
 「別にいいのだ。おぬしが、人間界で受けていること、存じておる。妃でなくとも、俺の城で養ってやる」
 「そんなもったいない」
 「もちろん、ただではない」
 「そうでしょう」
 「エミリアの助手でもしてもらう」
 「おおおおおお」
 エミリアの声がした。なぎさは笑った。
 「は、はー。エミリアはああいうやつでな」
 「は、はい」
 スサノオは咳ばらいをした。
 「でも、もしよかったら・・・・・・」
 と、スサノオは赤くなっていた。なぎさは、かわいい、と思った。なぎさは、スサノオが好きになった。
 「あのう、そのう、なんだあ」
 と、スサノオ。
 「え」
 「あのう、なんていうかあ。そのお」
 「スサノオ様」
 と、エミリアの声がした。スサノオは咳払いした。
 「そのお、俺の妃になってくれぬか」
 と、スサノオ。
 「は、はい。もちろん」
 「え」
 と、スサノオ。
 「いいのか、嫌だったら別にいいのだ」
 「そんなもったいない」
 「ほんとか」
 スサノオは喜んだ。
 「は、はい」
 「おお」
 と、スサノオ。
 「よかったですね。スサノオ様」
 と、エミリアの声。
 「あのう。スサノオ様に折り入ってお願いが」
 と、なぎさはいった。
 「いいぞ、なんでも申してみよ」
 「あのう・・・・・・」
 と、なぎさは赤くなった。
 「ん、どうした?」
 「私は、眠りにつかされ、船でそちらに送られることとなってます」
 と、なぎさ。
 「うむ、その話なら聞いている」
 なぎさはうつむいた。
 「どうした?」
 「あのう、そちらに着いたとき、ぜひ・・・・・・」
 「ぜひ?」
 「そのう、スサノオ様のキスで目覚めさせていただきたいと」
 と、なぎさはいった。
 スサノオは一瞬とまった。
 「今、なんて?」
 「ですから、ぜひキスで起こしていただきたいと」
 「キスで!」
 「ええ、ぜひ」
 「ま、まあよかろう」
 「ほんとですか」
 「ああ」
 なぎさはうつむいた。
 「ありがとうございます」
 「なんの」