○教室・授業中
結局あの後は、藍生が満足するまで弄ばれた梨穂ははぁ……とため息を吐き出した。
梨穂(ほっぺ伸ばすの、藍生君好きなのかな。あんまりされると痛いから、やめてほしいんだけどな……。)
教科書をぼんやりと見ながら、もう一度深いため息を出す。
だがその時、今朝の事をもわもわ~っと思い出した。
梨穂(そういえば……下駄箱に入ってたあの紙、何だったんだろ。)
藍生のことばかり考えていたせいか、忘れていたその事を悶々と考える。
梨穂(ポケットに突っ込んだから、多分入っているはず。)
それを思い出した梨穂は、教師の目を盗んでポケットからその紙を取り出す。
雑に小さく切られたんであろうその紙の内容を、机の下に隠しながら見る。
そこには、こう書いてあった。
《今日の放課後、裏庭に来い》
宛名も何もなく、ただ一言書かれただけ。
梨穂(見ても分かんないや……呼び出し、なんだろうけど……。)
告白、という言葉が梨穂の脳内によぎる。
けどすぐに、小さく首を横に振って振り払った。
梨穂(そんなわけないよね。告白だったらもっと丁寧に書かれているだろうし、こんな急いで書いたようにしないよね。)
少女漫画をよく読む梨穂は、そういう知識だけは無駄に持っている。
呼び出される心当たりは今のところないものの、梨穂は少しだけ嫌な予感を感じ取っていた。
梨穂(……何だろう、あんまり良い事じゃなさそう。乱暴に書かれているし、誰かの怒りを買っちゃったとか……!)
でも、考えてみても思い当たる節はない。
教師「じゃこの問題を……三住、答えてくれ。」
梨穂「あっ、はいっ。」
だけど教師に当てられた事で、梨穂は一旦考えるのをやめる。
梨穂(これ以上考えてもダメだよね……放課後、行ってみなくちゃ。)
それと同時に、そんな事を思っていた。
○放課後
担任「それじゃあ、美化委員は集まりがあるから忘れずに行く事。以上。」
そんな担任の言葉で、一斉に動きだすクラスメイトたち。
その中で私は、いつもより少しだけ早めに帰る準備をしていた。
もちろん、呼び出された裏庭に行く為。
今日は部活もない日で、藍生は委員会で遅くなる。
一緒に帰るという事を弁えているも、チャンスだと梨穂は考えていた。
梨穂(藍生、行ったよね?)
梨穂は教室から藍生がいなくなった事を確認して、早足で向かっていく。
梨穂(やっぱり気になるなぁ……何で呼び出されたのか……。)
道中で梨穂は、さっき割り切った事を再び考え始める。
梨穂(うーん、考えられるのは誰かの恨みを買ってしまったとか……だけど、他に何かあるかなぁ。三周回って告白、ありだったりするのかな。だけどその場合、何て答えれば……)
梨穂「……あれ、もう着いちゃった。」
悶々と考え込んでしまい、いつの間にか裏庭についていた事にやっと気付いた梨穂。
だがそこには誰の姿もなく、不安が苛んでくる。
梨穂(合ってるよね、ここで……。)
生徒手帳に挟んでいた紙を取り出して確認するも、場所は裏庭。この場所で合っている。
梨穂(まだ来ていない感じかな。それじゃあ、少し待っておこうかな。)
呑気にそう考える梨穂は、直後かかった背後からの声に大きく反応してしまった。
男子生徒1「おい、お前だろ。華僑藍生の女ってのは。」
梨穂「わっ……!」
低い圧のある声に呼ばれ、声を上げながら梨穂は後ろを振り返る。
すると視界には、長身でいかにも不良と言いそうな男子生徒が三人いた。
三人とも眼光が鋭く、すくみあがってしまいそうになるほど。
梨穂(うっ、怖い人たちだっ……やっぱり誰かの怒りを買っちゃったのかもしれない……。)
そう思い込むほど、梨穂は不安に駆られる。
梨穂(逃げたほうがいいんだろう、けど……)
恐怖で足がすくんで、思うように動かない。
男子生徒たちの眼光は毎秒鋭くなっている気がして、顔が強張っていく。
けれど、呼び出された理由も気になる梨穂は尋ねてみた。
梨穂「ど、どうして私を、呼び出したん、ですか……?」
男子生徒1「そんなの、お前があの華僑藍生の女だからに決まってるだろ!」
男子生徒2「俺らなぁ、あいつに返さなきゃなんねぇ借りがあんだわ。」
だがすぐに、凄みが聞いた言葉で言われ萎縮してしまう。
梨穂(本物の不良さん……や、やっぱり怖い……っ。でも、話を聞くにあたり藍生君に報復?しに行くんだよね。だから、私を呼び出したって……。)
男子生徒3「だからあんたを拉致る事にしたんだよ。」
梨穂「っ! は、離してくださいっ!」
ぐるぐると呑気に考えてしまっていたからか、いつの間にか背後に移動していた男子生徒に両手首を合わせて背中でまとめられる。
梨穂(……ダメだ、びくともしない。)
男子生徒3「おおっと、あんまり暴れちゃダメだぜ。そのほうがあんたの身の為になるだろうし。」
逃げようと手首を動かすも、男子生徒の力が強くて動く事さえままならない。
それでも試行錯誤しようと、諦めずに何度か身をよじる。
けれど全然、自分じゃどうにもならない。
男子生徒1「なーに、逆らわなきゃ痛い事はしねーよ。ただ、お前には華僑をボコす駒になってほしいだけだからな。」
男子生徒2「そうそ。……でもさ、こいつすっげー可愛くね?」
梨穂「! あ、あのっ……」
一人の男子生徒が、おもむろに梨穂の頬に触れてくる。
梨穂はそれが怖くて、瞳に涙が滲む。
梨穂(不良さんって、こんなに怖いのっ?)
男子『俺と付き合ってくれ!』
梨穂『……ごめんなさい。あなたとは、付き合えません。』
男子『はぁ? ちょっと可愛いからって調子に乗んなよ。』
梨穂『っ、やめてくださいっ……!』
梨穂の頭の中に、過去の出来事がフラッシュバックする。
梨穂(もう、無理だよ……っ。誰か、助けてっ……。)
そのせいで梨穂は、思わず口に出した。
梨穂「あおば、くんっ……。」
藍生「ったく、ほんと梨穂って馬鹿でアホだよね。」
そんな声が背後で聞こえたかと思うと、一気に手が軽くなる。
そしてぐいっと腕を引かれ、あっという間に藍生の背中に隠された。
藍生「何でこんな奴らといんの? 梨穂一人じゃこいつらには絶対、対抗できないのに。」
梨穂「そ、それはっ……えっと……」
藍生「はぁ……ま、いいや。」
呆れたような息を吐いた藍生はそう言いながら、振り返ってネクタイを外す。
それを突然、梨穂の目を隠すように結んだ。
梨穂「あ、藍生君っ……これじゃ、何にも見えないよっ。」
藍生「見えなくていい。これから俺、ちょっとボコすから。」
梨穂「えっ!?」
梨穂(ぼ、ボコすって……もしかして、私を……!?)
一瞬そう思うも、梨穂は途端に聞こえてきた音に反射的に耳を塞ぎかけた。
殴る蹴るなどの音が絶え間なく聞こえ、若干のパニック状態に陥りかけた梨穂。
梨穂(い、一体何が起こってるの!?)
目隠しをされている梨穂は、様子が全く分からない。
男子生徒1「チッ……おいお前ら、華僑を抑えろ! 借りを返しに来たんだろ俺たちは!」
男子生徒2「そりゃそうだけど、こいつに勝てねぇって! うあ……っ!」
藍生「何話してんの。君たちの相手は俺でしょ。」
そんな声が聞こえたと思ったら、最後に聞きたくなかったような凄く鈍い音が聞こえてきて、まるっきり聞こえなくなった。
梨穂(藍生君……何、してるんだろう……。)
そう思い、静かにネクタイを外す。
直後、梨穂の目には驚くような光景が。
梨穂「あおば、くん……?」
藍生「あれ? まだ外していいって言ってないのに。」
梨穂「なん、で……血、ついて……」
藍生「そりゃ、クズ三匹もやったらこれくらい付くでしょ。」
藍生の頬や手の甲、シャツの端などに返り血のようなものが付いている。
男子生徒たちは逃げ出したらしく、周りの土が変にへこんでいた。
梨穂はさっきまで起きていた事が分かっていない為、ぽかんと呆気にとられる。
でもすぐに、慌てて藍生に問い詰めた。
梨穂「あ、藍生君っ……け、怪我はっ!? でも血が付いちゃってるからどこか怪我してるかもしれないよね……! 痛いところとかないっ!? 大丈夫っ!?」
梨穂(見た感じは大丈夫そうだけど、心配だっ。)
きょろきょろと藍生の身体を見回すも、目立った外傷はない。
その事を確認して、梨穂ははぁ……と大きな息を吐いた。
梨穂(例え藍生君が喧嘩ができると言えど、怪我しちゃったら大変だし……本当に良かったぁ。)
梨穂はそう思い胸を撫で下ろすけど、藍生は鋭い視線を向けてきていた。
藍生「何で俺の心配なんかしてんの? さっきまで自分が何されかけてたのか、分かってる?」
梨穂「されそうに、なってた事……?」
藍生「そう。警戒心なさすぎだし梨穂って平和ボケしてるから、こーされる事も分かんなかったよね?」
そう言うと、藍生はネクタイで梨穂の腕を一つにまとめた。
梨穂「あの、藍生君……? これは、どういう事で……」
藍生「何されるか分かってて言ってるんなら、相当質悪いけど。」
梨穂「わ、分かんないから聞いてるんですが……。」
梨穂(冗談なんて言える状況じゃないのは分かっているから、わざわざそんな事しないのに……!)
心の中で抗議しながら、でもなかなか抗えずに身をよじる。
それを見た藍生は、呆れたようなため息を吐き出した。
藍生「……だったら、無知な梨穂ちゃんには教えてあげなきゃね。男に主導権握らせたら、こーなるって事。」
梨穂「こうなる? ……っ、ひゃっ!」
妖艶に口角を上げた藍生は、グイっと梨穂の背中を押して自分の胸板に押し付けた。
そのまま首の後ろ辺りをなぞり、そして梨穂の右耳に触れる。
梨穂(藍生君、な、何してっ……。)
そう思うも、抱きしめられているせいで身動きが取れない梨穂。
けれど残っている、少しの力で抵抗しようと最大限身をよじろうとしたその時。
梨穂「……っ!?」
ちゅっ――といったような、艶やかな音が聞こえた。
それで藍生になぞられたところにキスを落とされたのだと理解し、かぁぁっと顔が熱くなっていく。
梨穂「あ、あおばくっ……何してるのっ……! と言いますか、そろそろ離してっ!」
藍生「だから言ったでしょ。無知で無謀でお人好しな奴隷に、俺みたいな男に心を許したらどうなるか教えてあげたの。」
梨穂(そ、そう言われてもっ……こんな事、されるだなんて思ってないっ!)
藍生から解放されながら、最大限キッと彼を睨む。
でも本物の不良の藍生には効かないらしく、愉快そうに笑っていた。
藍生「それで威嚇してるつもり? へー、俺も舐められたもんだね。」
梨穂「藍生君がそういう人だなんて、思ってなかったから!」
藍生「やっぱりストレートだね。ふふっ、梨穂ってほんと良い性格してる。」
梨穂「……褒められてないよね、それ。」
藍生「ま、褒めるつもりで言ったわけじゃないし。」
そんな会話の中でも梨穂は睨み続けていたけど、藍生は意地悪な微笑みを浮かべるばかり。
梨穂(ぐぬ……やっぱり藍生君には効いてないか……。)
そう考えてこれ以上はキリがないと気付くも、ここ最近藍生に結構好き勝手されてるのではと考えつく。
梨穂(仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど、奴隷扱いには納得いかないよ……。)
奴隷じゃなくて、もっと違う関係性なら――。
そこまで考えて、はっとした。
だって、そんな考えに至るなんて……思ってもいなかったから。
梨穂(あれ……私、何を考えて……。これじゃあ、まるで……)
藍生「なーに一人の世界に入ってんの。」
梨穂「んにゃぁっ……!」
藍生「驚き方猫なの、マジで面白いんだけど。」
突然声をかけてきたものだから、梨穂はあからさまに肩を揺らして驚く。
明らかに、梨穂の心臓は激しく波打っていく。
梨穂(こ、これは決して藍生にドキドキしてるわけじゃ……そ、そう! 急に話しかけられたから、それでびっくりしちゃっただけで……うん、絶対そうだよ!)
心臓の辺りを右手で抑えながら、懸命にそうやって納得させようと考える。
藍生「……梨穂。」
梨穂「わ、私は全然変なこととか考えてないからねっ……!」
藍生「梨穂ってば。」
名前を二度呼ばれたその時、梨穂はもうキャパオーバーになり足を一歩後ろに引いて。
梨穂「あっ、私教室に忘れ物したんだった! 藍生君っ、今日は先に帰っててくれていいからね!」
逃げるように、梨穂の出せる超速で校舎へと駆け込んでいった。
そんな梨穂の背中を何か言う隙も与えられないまま、静かに見つめる藍生。
……そして、小さく口を動かした。
藍生「さっさと出てきたらどうなんですか。盗み聞きなんて、よくありませんよ。」
?「あちゃ、バレちゃってたの?」
藍生「そりゃ、そんなに気配出してたらね。鈍感で馬鹿な梨穂は、全く気付かなかったようだけど。」
?「あははっ、結構言うねぇ。」
背後から藍生に近づいてきて、困ったような声色で返す。
そして同時に藍生は、姿を確認する為に振り返った。
藍生「最悪です。やはりあなたでしたか……鞍馬先輩。」
結希「へぇ、俺のこと知っててくれてるんだね。不良の華僑君。」
結希はそう言って、不敵に口角を上げた。
結局あの後は、藍生が満足するまで弄ばれた梨穂ははぁ……とため息を吐き出した。
梨穂(ほっぺ伸ばすの、藍生君好きなのかな。あんまりされると痛いから、やめてほしいんだけどな……。)
教科書をぼんやりと見ながら、もう一度深いため息を出す。
だがその時、今朝の事をもわもわ~っと思い出した。
梨穂(そういえば……下駄箱に入ってたあの紙、何だったんだろ。)
藍生のことばかり考えていたせいか、忘れていたその事を悶々と考える。
梨穂(ポケットに突っ込んだから、多分入っているはず。)
それを思い出した梨穂は、教師の目を盗んでポケットからその紙を取り出す。
雑に小さく切られたんであろうその紙の内容を、机の下に隠しながら見る。
そこには、こう書いてあった。
《今日の放課後、裏庭に来い》
宛名も何もなく、ただ一言書かれただけ。
梨穂(見ても分かんないや……呼び出し、なんだろうけど……。)
告白、という言葉が梨穂の脳内によぎる。
けどすぐに、小さく首を横に振って振り払った。
梨穂(そんなわけないよね。告白だったらもっと丁寧に書かれているだろうし、こんな急いで書いたようにしないよね。)
少女漫画をよく読む梨穂は、そういう知識だけは無駄に持っている。
呼び出される心当たりは今のところないものの、梨穂は少しだけ嫌な予感を感じ取っていた。
梨穂(……何だろう、あんまり良い事じゃなさそう。乱暴に書かれているし、誰かの怒りを買っちゃったとか……!)
でも、考えてみても思い当たる節はない。
教師「じゃこの問題を……三住、答えてくれ。」
梨穂「あっ、はいっ。」
だけど教師に当てられた事で、梨穂は一旦考えるのをやめる。
梨穂(これ以上考えてもダメだよね……放課後、行ってみなくちゃ。)
それと同時に、そんな事を思っていた。
○放課後
担任「それじゃあ、美化委員は集まりがあるから忘れずに行く事。以上。」
そんな担任の言葉で、一斉に動きだすクラスメイトたち。
その中で私は、いつもより少しだけ早めに帰る準備をしていた。
もちろん、呼び出された裏庭に行く為。
今日は部活もない日で、藍生は委員会で遅くなる。
一緒に帰るという事を弁えているも、チャンスだと梨穂は考えていた。
梨穂(藍生、行ったよね?)
梨穂は教室から藍生がいなくなった事を確認して、早足で向かっていく。
梨穂(やっぱり気になるなぁ……何で呼び出されたのか……。)
道中で梨穂は、さっき割り切った事を再び考え始める。
梨穂(うーん、考えられるのは誰かの恨みを買ってしまったとか……だけど、他に何かあるかなぁ。三周回って告白、ありだったりするのかな。だけどその場合、何て答えれば……)
梨穂「……あれ、もう着いちゃった。」
悶々と考え込んでしまい、いつの間にか裏庭についていた事にやっと気付いた梨穂。
だがそこには誰の姿もなく、不安が苛んでくる。
梨穂(合ってるよね、ここで……。)
生徒手帳に挟んでいた紙を取り出して確認するも、場所は裏庭。この場所で合っている。
梨穂(まだ来ていない感じかな。それじゃあ、少し待っておこうかな。)
呑気にそう考える梨穂は、直後かかった背後からの声に大きく反応してしまった。
男子生徒1「おい、お前だろ。華僑藍生の女ってのは。」
梨穂「わっ……!」
低い圧のある声に呼ばれ、声を上げながら梨穂は後ろを振り返る。
すると視界には、長身でいかにも不良と言いそうな男子生徒が三人いた。
三人とも眼光が鋭く、すくみあがってしまいそうになるほど。
梨穂(うっ、怖い人たちだっ……やっぱり誰かの怒りを買っちゃったのかもしれない……。)
そう思い込むほど、梨穂は不安に駆られる。
梨穂(逃げたほうがいいんだろう、けど……)
恐怖で足がすくんで、思うように動かない。
男子生徒たちの眼光は毎秒鋭くなっている気がして、顔が強張っていく。
けれど、呼び出された理由も気になる梨穂は尋ねてみた。
梨穂「ど、どうして私を、呼び出したん、ですか……?」
男子生徒1「そんなの、お前があの華僑藍生の女だからに決まってるだろ!」
男子生徒2「俺らなぁ、あいつに返さなきゃなんねぇ借りがあんだわ。」
だがすぐに、凄みが聞いた言葉で言われ萎縮してしまう。
梨穂(本物の不良さん……や、やっぱり怖い……っ。でも、話を聞くにあたり藍生君に報復?しに行くんだよね。だから、私を呼び出したって……。)
男子生徒3「だからあんたを拉致る事にしたんだよ。」
梨穂「っ! は、離してくださいっ!」
ぐるぐると呑気に考えてしまっていたからか、いつの間にか背後に移動していた男子生徒に両手首を合わせて背中でまとめられる。
梨穂(……ダメだ、びくともしない。)
男子生徒3「おおっと、あんまり暴れちゃダメだぜ。そのほうがあんたの身の為になるだろうし。」
逃げようと手首を動かすも、男子生徒の力が強くて動く事さえままならない。
それでも試行錯誤しようと、諦めずに何度か身をよじる。
けれど全然、自分じゃどうにもならない。
男子生徒1「なーに、逆らわなきゃ痛い事はしねーよ。ただ、お前には華僑をボコす駒になってほしいだけだからな。」
男子生徒2「そうそ。……でもさ、こいつすっげー可愛くね?」
梨穂「! あ、あのっ……」
一人の男子生徒が、おもむろに梨穂の頬に触れてくる。
梨穂はそれが怖くて、瞳に涙が滲む。
梨穂(不良さんって、こんなに怖いのっ?)
男子『俺と付き合ってくれ!』
梨穂『……ごめんなさい。あなたとは、付き合えません。』
男子『はぁ? ちょっと可愛いからって調子に乗んなよ。』
梨穂『っ、やめてくださいっ……!』
梨穂の頭の中に、過去の出来事がフラッシュバックする。
梨穂(もう、無理だよ……っ。誰か、助けてっ……。)
そのせいで梨穂は、思わず口に出した。
梨穂「あおば、くんっ……。」
藍生「ったく、ほんと梨穂って馬鹿でアホだよね。」
そんな声が背後で聞こえたかと思うと、一気に手が軽くなる。
そしてぐいっと腕を引かれ、あっという間に藍生の背中に隠された。
藍生「何でこんな奴らといんの? 梨穂一人じゃこいつらには絶対、対抗できないのに。」
梨穂「そ、それはっ……えっと……」
藍生「はぁ……ま、いいや。」
呆れたような息を吐いた藍生はそう言いながら、振り返ってネクタイを外す。
それを突然、梨穂の目を隠すように結んだ。
梨穂「あ、藍生君っ……これじゃ、何にも見えないよっ。」
藍生「見えなくていい。これから俺、ちょっとボコすから。」
梨穂「えっ!?」
梨穂(ぼ、ボコすって……もしかして、私を……!?)
一瞬そう思うも、梨穂は途端に聞こえてきた音に反射的に耳を塞ぎかけた。
殴る蹴るなどの音が絶え間なく聞こえ、若干のパニック状態に陥りかけた梨穂。
梨穂(い、一体何が起こってるの!?)
目隠しをされている梨穂は、様子が全く分からない。
男子生徒1「チッ……おいお前ら、華僑を抑えろ! 借りを返しに来たんだろ俺たちは!」
男子生徒2「そりゃそうだけど、こいつに勝てねぇって! うあ……っ!」
藍生「何話してんの。君たちの相手は俺でしょ。」
そんな声が聞こえたと思ったら、最後に聞きたくなかったような凄く鈍い音が聞こえてきて、まるっきり聞こえなくなった。
梨穂(藍生君……何、してるんだろう……。)
そう思い、静かにネクタイを外す。
直後、梨穂の目には驚くような光景が。
梨穂「あおば、くん……?」
藍生「あれ? まだ外していいって言ってないのに。」
梨穂「なん、で……血、ついて……」
藍生「そりゃ、クズ三匹もやったらこれくらい付くでしょ。」
藍生の頬や手の甲、シャツの端などに返り血のようなものが付いている。
男子生徒たちは逃げ出したらしく、周りの土が変にへこんでいた。
梨穂はさっきまで起きていた事が分かっていない為、ぽかんと呆気にとられる。
でもすぐに、慌てて藍生に問い詰めた。
梨穂「あ、藍生君っ……け、怪我はっ!? でも血が付いちゃってるからどこか怪我してるかもしれないよね……! 痛いところとかないっ!? 大丈夫っ!?」
梨穂(見た感じは大丈夫そうだけど、心配だっ。)
きょろきょろと藍生の身体を見回すも、目立った外傷はない。
その事を確認して、梨穂ははぁ……と大きな息を吐いた。
梨穂(例え藍生君が喧嘩ができると言えど、怪我しちゃったら大変だし……本当に良かったぁ。)
梨穂はそう思い胸を撫で下ろすけど、藍生は鋭い視線を向けてきていた。
藍生「何で俺の心配なんかしてんの? さっきまで自分が何されかけてたのか、分かってる?」
梨穂「されそうに、なってた事……?」
藍生「そう。警戒心なさすぎだし梨穂って平和ボケしてるから、こーされる事も分かんなかったよね?」
そう言うと、藍生はネクタイで梨穂の腕を一つにまとめた。
梨穂「あの、藍生君……? これは、どういう事で……」
藍生「何されるか分かってて言ってるんなら、相当質悪いけど。」
梨穂「わ、分かんないから聞いてるんですが……。」
梨穂(冗談なんて言える状況じゃないのは分かっているから、わざわざそんな事しないのに……!)
心の中で抗議しながら、でもなかなか抗えずに身をよじる。
それを見た藍生は、呆れたようなため息を吐き出した。
藍生「……だったら、無知な梨穂ちゃんには教えてあげなきゃね。男に主導権握らせたら、こーなるって事。」
梨穂「こうなる? ……っ、ひゃっ!」
妖艶に口角を上げた藍生は、グイっと梨穂の背中を押して自分の胸板に押し付けた。
そのまま首の後ろ辺りをなぞり、そして梨穂の右耳に触れる。
梨穂(藍生君、な、何してっ……。)
そう思うも、抱きしめられているせいで身動きが取れない梨穂。
けれど残っている、少しの力で抵抗しようと最大限身をよじろうとしたその時。
梨穂「……っ!?」
ちゅっ――といったような、艶やかな音が聞こえた。
それで藍生になぞられたところにキスを落とされたのだと理解し、かぁぁっと顔が熱くなっていく。
梨穂「あ、あおばくっ……何してるのっ……! と言いますか、そろそろ離してっ!」
藍生「だから言ったでしょ。無知で無謀でお人好しな奴隷に、俺みたいな男に心を許したらどうなるか教えてあげたの。」
梨穂(そ、そう言われてもっ……こんな事、されるだなんて思ってないっ!)
藍生から解放されながら、最大限キッと彼を睨む。
でも本物の不良の藍生には効かないらしく、愉快そうに笑っていた。
藍生「それで威嚇してるつもり? へー、俺も舐められたもんだね。」
梨穂「藍生君がそういう人だなんて、思ってなかったから!」
藍生「やっぱりストレートだね。ふふっ、梨穂ってほんと良い性格してる。」
梨穂「……褒められてないよね、それ。」
藍生「ま、褒めるつもりで言ったわけじゃないし。」
そんな会話の中でも梨穂は睨み続けていたけど、藍生は意地悪な微笑みを浮かべるばかり。
梨穂(ぐぬ……やっぱり藍生君には効いてないか……。)
そう考えてこれ以上はキリがないと気付くも、ここ最近藍生に結構好き勝手されてるのではと考えつく。
梨穂(仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど、奴隷扱いには納得いかないよ……。)
奴隷じゃなくて、もっと違う関係性なら――。
そこまで考えて、はっとした。
だって、そんな考えに至るなんて……思ってもいなかったから。
梨穂(あれ……私、何を考えて……。これじゃあ、まるで……)
藍生「なーに一人の世界に入ってんの。」
梨穂「んにゃぁっ……!」
藍生「驚き方猫なの、マジで面白いんだけど。」
突然声をかけてきたものだから、梨穂はあからさまに肩を揺らして驚く。
明らかに、梨穂の心臓は激しく波打っていく。
梨穂(こ、これは決して藍生にドキドキしてるわけじゃ……そ、そう! 急に話しかけられたから、それでびっくりしちゃっただけで……うん、絶対そうだよ!)
心臓の辺りを右手で抑えながら、懸命にそうやって納得させようと考える。
藍生「……梨穂。」
梨穂「わ、私は全然変なこととか考えてないからねっ……!」
藍生「梨穂ってば。」
名前を二度呼ばれたその時、梨穂はもうキャパオーバーになり足を一歩後ろに引いて。
梨穂「あっ、私教室に忘れ物したんだった! 藍生君っ、今日は先に帰っててくれていいからね!」
逃げるように、梨穂の出せる超速で校舎へと駆け込んでいった。
そんな梨穂の背中を何か言う隙も与えられないまま、静かに見つめる藍生。
……そして、小さく口を動かした。
藍生「さっさと出てきたらどうなんですか。盗み聞きなんて、よくありませんよ。」
?「あちゃ、バレちゃってたの?」
藍生「そりゃ、そんなに気配出してたらね。鈍感で馬鹿な梨穂は、全く気付かなかったようだけど。」
?「あははっ、結構言うねぇ。」
背後から藍生に近づいてきて、困ったような声色で返す。
そして同時に藍生は、姿を確認する為に振り返った。
藍生「最悪です。やはりあなたでしたか……鞍馬先輩。」
結希「へぇ、俺のこと知っててくれてるんだね。不良の華僑君。」
結希はそう言って、不敵に口角を上げた。