「お招きありがとうございます」
シモンと出迎えの挨拶を済ますと、彼らはすぐに私たちのところへやって来る。
「初めまして。ノアさま、アデルさま。本日はこのようなご挨拶の機会をたまわり……」
この方は、このすぐ近くに別荘を構える男爵さまのご令嬢だ。
エミリーもやって来て、気さくに奥へと案内する。
「今日は気心の知れたお友達同士の集まりですから。どうぞ遠慮なさらず、楽しんでいってくださいね」
ホールには静かな音楽が流れ、開け放された窓から高原の清らかな風がそよぐ。
弾むおしゃべりと軽やかな笑い声に、広間はすっかり満たされていた。
ノアはお客さんに囲まれ、相手をするのに忙しい。
王宮の舞踏会では、彼には気軽に話しかけることも難しい存在だ。
こういう場でもないと、なかなか他の多くの貴族たちと交流も出来ない。
ポールとエミリーも、それぞれのおしゃべりに花が咲いている。
お茶もお菓子も美味しいのに、いつも冷静なシモンの様子が、何だかおかしい。
「どうしたの? なにか困ったことでも?」
私はノアの周囲に出来ていた輪から抜け出すと、シモンに声をかけた。
「いや、何でもないよ。ありがとう」
そう言って、またテーブルの様子を確認している。
彼はどうしても、エントランスの方が気になるみたいだ。
広間と玄関を何度も往復している。
「コリンヌがまだ来ていない」
ポールだ。
「やっぱり、来れなかったのかもな」
「仕方ないわよ、こればかりは。私たちにはどうしようもないわ」
エミリーも心配している。
「気持ちがあっても、どうしても越えられないものはあるのよ」
エントランスから戻ったシモンと、目があった。
「やぁ。どうしたんだ、こんなところに3人で集まって」
「別に。何でもないよ」
「そうね、行きましょう。ポール」
エミリーはポールを引っ張って行ってしまった。
なにやらひそひそと内緒話をしている。
私とシモンは、二人で取り残されてしまった。
「はは。どうやら呆れられたみたいだ」
だけど私は、コリンヌが来られなかったことに、少しだけホッとしている。
「気にすることないわ。元々ノアの提案が無茶だったんだもの。いくらコリンヌさまでも、来られなかったのよ」
「彼女はやっぱり、俺なんかとは違う世界で生きてるんだな」
シモンは静かに微笑むと、私に向かって手を差し出した。
「今日くらい、アデルと踊ってもいいかな」
「もちろんよ、シモン」
夏のそよ風のような、優しい音楽が流れている。
そのリズムに合わせて、そっとステップを踏み出す。
「せっかく君とノアが助けてくれたのに、何だか申し訳ないね」
「どうして? パーティーは上手く行っているわ」
「はは。だけど、あの人は来ない」
シモンはいつもクールな顔に、寂しそうな表情を浮かべた。
「ま、どうせ高嶺の花だ。無理と分かって手も伸ばそうともしない俺に、踏み台を用意し梯子をかけてもらったところで、目の前にそれが現れたとしても、摘み取る勇気なんてないんだ」
シモンのパートナーに合わせるスタイルのリードが、ゆっくりと腕を伸ばす。
彼は私の行きたい方向へ、少しの変化も見逃さず、踊りやすいように体を支えステップを合わせてくれる。
「彼女にだって、公爵家に生まれた使命がある。それはきっと、運命みたいなものなんだ」
彼は誰よりも、大きくてゆったりとしたステップで私をリードする。
決してポールのように背が高いわけでも、体格が特別よいわけでもないのに、どちらかといえば理屈っぽく気難しいと思っていたシモンからは、想像出来ないダンスだ。
「あぁ、アデル。君は何かを考え始めると、すぐに右に曲がろうとするクセがある」
そう言って、彼は私に合わせて右に曲がった。
「これでは同じところをくるくる回ってばかりだ。相手の男性は誤解してしまうよ。自分は嫌われてるんじゃないかって」
とか言いつつも、また私に合わせて右に曲がる。
自分でも知らなかったクセだ。
シモンは案外、よく見ている。
「あ! シモンは、コリンヌが好きだったのね!」
「ははは! そうだったのかな? 俺にはよく分からないな。だけどアデルがそう思ったのなら、そうだったのかもしれない」
彼はその涼しげな黒髪を揺らして笑った。
ようやく気づいた。
だからノアもエミリーもポールも、ここに居るべきもう一人の人を、招待しようとしていたんだ。
「だけど、もう忘れるよ。俺だっていつまでも、儚い夢ばかり見てはいられないからね」
「ずっと好きだったのね」
「初恋だね、きっと。もしそんなものがあるのだとしたら」
シモンはいつも冷静で落ち着いていて、他の男の子たちよりずっと大人びていて、誰かが一人で座っていれば、いつもその隣に腰を下ろした。
「だけどそんなものは、引きずるもんでもないでしょ」
そんな彼のリードが、大きく私を引いた。
ぐるりとターンを決める。
「だからもう、今日で終わりにするよ。みんなには感謝してる」
そんなシモンだからこそ、彼は臆せず私に声をかけてくれたし、私も彼と言葉を交わすことが出来た。
「アデルは俺には、どんな女性が似合うと思う? 今までお付き合いした女性は、どれも退屈過ぎた」
「どれもって、どれも?」
「どれも」
そんなシモンだから、アカデミー中の女の子と仲がいい。
仲がいいというより、仲が良すぎて色々と……。
「もしかしたら、君が化けていた侍女みたいな女の子の方が、案外合うのかもしれないね」
「それは冗談でもやめた方がいいと思うわ」
「どうして? あんなに可愛かったのに。俺がノアなら、もう一度してって頼んじゃうね」
頬を寄せ、その低い声で耳元にささやかれると、顔が赤くならないワケがない。
「もう! そんなことばかり言ってたら、ノアじゃなくても怒るからね」
「ははは」
その視界に、一人の女性の姿が見えた。
およそこれから舞踏会に出席しようとするような格好には見えない、普段着のようなドレスだ。
ドレスというより、それこそ侍女たちの着ているようなシンプルな……。
シモンと出迎えの挨拶を済ますと、彼らはすぐに私たちのところへやって来る。
「初めまして。ノアさま、アデルさま。本日はこのようなご挨拶の機会をたまわり……」
この方は、このすぐ近くに別荘を構える男爵さまのご令嬢だ。
エミリーもやって来て、気さくに奥へと案内する。
「今日は気心の知れたお友達同士の集まりですから。どうぞ遠慮なさらず、楽しんでいってくださいね」
ホールには静かな音楽が流れ、開け放された窓から高原の清らかな風がそよぐ。
弾むおしゃべりと軽やかな笑い声に、広間はすっかり満たされていた。
ノアはお客さんに囲まれ、相手をするのに忙しい。
王宮の舞踏会では、彼には気軽に話しかけることも難しい存在だ。
こういう場でもないと、なかなか他の多くの貴族たちと交流も出来ない。
ポールとエミリーも、それぞれのおしゃべりに花が咲いている。
お茶もお菓子も美味しいのに、いつも冷静なシモンの様子が、何だかおかしい。
「どうしたの? なにか困ったことでも?」
私はノアの周囲に出来ていた輪から抜け出すと、シモンに声をかけた。
「いや、何でもないよ。ありがとう」
そう言って、またテーブルの様子を確認している。
彼はどうしても、エントランスの方が気になるみたいだ。
広間と玄関を何度も往復している。
「コリンヌがまだ来ていない」
ポールだ。
「やっぱり、来れなかったのかもな」
「仕方ないわよ、こればかりは。私たちにはどうしようもないわ」
エミリーも心配している。
「気持ちがあっても、どうしても越えられないものはあるのよ」
エントランスから戻ったシモンと、目があった。
「やぁ。どうしたんだ、こんなところに3人で集まって」
「別に。何でもないよ」
「そうね、行きましょう。ポール」
エミリーはポールを引っ張って行ってしまった。
なにやらひそひそと内緒話をしている。
私とシモンは、二人で取り残されてしまった。
「はは。どうやら呆れられたみたいだ」
だけど私は、コリンヌが来られなかったことに、少しだけホッとしている。
「気にすることないわ。元々ノアの提案が無茶だったんだもの。いくらコリンヌさまでも、来られなかったのよ」
「彼女はやっぱり、俺なんかとは違う世界で生きてるんだな」
シモンは静かに微笑むと、私に向かって手を差し出した。
「今日くらい、アデルと踊ってもいいかな」
「もちろんよ、シモン」
夏のそよ風のような、優しい音楽が流れている。
そのリズムに合わせて、そっとステップを踏み出す。
「せっかく君とノアが助けてくれたのに、何だか申し訳ないね」
「どうして? パーティーは上手く行っているわ」
「はは。だけど、あの人は来ない」
シモンはいつもクールな顔に、寂しそうな表情を浮かべた。
「ま、どうせ高嶺の花だ。無理と分かって手も伸ばそうともしない俺に、踏み台を用意し梯子をかけてもらったところで、目の前にそれが現れたとしても、摘み取る勇気なんてないんだ」
シモンのパートナーに合わせるスタイルのリードが、ゆっくりと腕を伸ばす。
彼は私の行きたい方向へ、少しの変化も見逃さず、踊りやすいように体を支えステップを合わせてくれる。
「彼女にだって、公爵家に生まれた使命がある。それはきっと、運命みたいなものなんだ」
彼は誰よりも、大きくてゆったりとしたステップで私をリードする。
決してポールのように背が高いわけでも、体格が特別よいわけでもないのに、どちらかといえば理屈っぽく気難しいと思っていたシモンからは、想像出来ないダンスだ。
「あぁ、アデル。君は何かを考え始めると、すぐに右に曲がろうとするクセがある」
そう言って、彼は私に合わせて右に曲がった。
「これでは同じところをくるくる回ってばかりだ。相手の男性は誤解してしまうよ。自分は嫌われてるんじゃないかって」
とか言いつつも、また私に合わせて右に曲がる。
自分でも知らなかったクセだ。
シモンは案外、よく見ている。
「あ! シモンは、コリンヌが好きだったのね!」
「ははは! そうだったのかな? 俺にはよく分からないな。だけどアデルがそう思ったのなら、そうだったのかもしれない」
彼はその涼しげな黒髪を揺らして笑った。
ようやく気づいた。
だからノアもエミリーもポールも、ここに居るべきもう一人の人を、招待しようとしていたんだ。
「だけど、もう忘れるよ。俺だっていつまでも、儚い夢ばかり見てはいられないからね」
「ずっと好きだったのね」
「初恋だね、きっと。もしそんなものがあるのだとしたら」
シモンはいつも冷静で落ち着いていて、他の男の子たちよりずっと大人びていて、誰かが一人で座っていれば、いつもその隣に腰を下ろした。
「だけどそんなものは、引きずるもんでもないでしょ」
そんな彼のリードが、大きく私を引いた。
ぐるりとターンを決める。
「だからもう、今日で終わりにするよ。みんなには感謝してる」
そんなシモンだからこそ、彼は臆せず私に声をかけてくれたし、私も彼と言葉を交わすことが出来た。
「アデルは俺には、どんな女性が似合うと思う? 今までお付き合いした女性は、どれも退屈過ぎた」
「どれもって、どれも?」
「どれも」
そんなシモンだから、アカデミー中の女の子と仲がいい。
仲がいいというより、仲が良すぎて色々と……。
「もしかしたら、君が化けていた侍女みたいな女の子の方が、案外合うのかもしれないね」
「それは冗談でもやめた方がいいと思うわ」
「どうして? あんなに可愛かったのに。俺がノアなら、もう一度してって頼んじゃうね」
頬を寄せ、その低い声で耳元にささやかれると、顔が赤くならないワケがない。
「もう! そんなことばかり言ってたら、ノアじゃなくても怒るからね」
「ははは」
その視界に、一人の女性の姿が見えた。
およそこれから舞踏会に出席しようとするような格好には見えない、普段着のようなドレスだ。
ドレスというより、それこそ侍女たちの着ているようなシンプルな……。