朝になり、目を覚ます。


すぐ横でゴソリとなにかが動いた。


夏用の薄いブランケットの下で、私のものではない腕が動く。


「誰!」


「誰って……」


 ノアだ! 


「だれ……じゃ、……ないよ。ひど……あれる……」


 ごろんと寝返りをうつ。


ノアの格好は、昨夜のままだ。


「ちょ、ねぇ! 本当にあのままここで寝たの?」


 ノアは目をつぶったまま、ピクリとも動かない。


「ねぇ、どういうこと?」


 白いマットレスの上にうつ伏せになったまま、顔だけをこっちに向けて寝ている。


「お、起きて。起きてってば!」


 肩を揺すっても、ビクともしない。


こんなところ、セリーヌに見つかったら、それこそ何て言われるか……。


ベッドから下りようとした私のお腹に、ノアの腕が回った。


「きゃあ!」


「僕には一人にするなって言ったくせに、君は僕を置いて行くの?」


「い、いいから放して!」


「いやだ」


 ベッドに引きずりこまれる。


ノアは後ろからぎゅっと私を抱きしめた。


「アデルからキスしてくれるまで、放さない」


 重ねられた腕が、意外と重たい。


捕まった腕の中で、私はもぞもぞと体を回転させると、ノアの方へ向き直った。


ノアはそんなことにも知らんぷりで、そのまま眠っている。


キ、キスって、どこにすればいいの? 


ノアのミルクティー色の髪と、その下の眉。


決して触れられなかったものが、いま目の前にある。


閉じられた目とまつげと、鼻筋と、唇……。


私はその唇に、チュッとキスをした。


「はい、これでお終い!」


 ノアは目を開けると、自分の口元を押さえ真っ赤になっている。


「ちょ、待って。ほんとに? え? ねぇ、アデル、もう一回……」


 ベッドから抜け出した私を、ノアは追いかけて来る。


私たちの夏休みが、ようやく始まった。


次の日には近くの川へ釣りに出かけ、雨が降れば部屋に籠もって本を読む。


みんなで作った様々な形のパンを食べ、夜はチェスやカードゲームをして過ごした。


「デュレー公爵さまから、招待状が届いております」


 そんなある日のことだ。


シモンの別邸に一通の手紙が届いた。


「招待状?」


 そこにいた私たちは、全員が顔を見合わせる。


「どういうことだよ。よくそんなもん送ってこれたな」


 ポールが毒づく横で、シモンが封を切る。


彼はそれを一読した。


「今回のお詫びに、みんなを舞踏会へ招待するってさ」


「デュレー公爵家の?」


 それは多分、一般的には名誉なことに違いない。


だけど……。


「行く……の?」


「行かないわけにはいかないだろうな。じゃないと、王族であるノアと公爵家の不仲が成立してしまう。ノアがそれほど、怒ってるってことになるよ」


「怒ってるよ、怒ってるけど……」


「だけど、こじらせるわけにもいかないだろ」


 シモンの言葉に、ノアはため息をついた。


「さて。どうしたもんだか。僕がちょっと行ってご機嫌をとれば、正直それで済む話しだ。公務みたいなもんだよ。一日二日滞在して、ご機嫌とってくりゃいいんだ」


「ノアはそれでいいのかよ」


 そう言ったポールの横で、ノアはじっと何かを考えている。


「なんか、悔しくね?」


 彼の招きに素直に従い、私たち全員で押しかけたところで、いいように扱われ結局は笑いものにされるとしか思えない。


それでは本末転倒だ。


「そうだ。こうしよう」


 ノアはニッと、悪戯な笑みを浮かべた。何か思いついたらしい。