不意に目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
頭はぼんやりとして、胸焼けがする。
気持ち悪い。
吐き気とズキズキする頭の痛みに、重たい体を起こした。
「あぁ、ここはエミリーの別荘だったわ……」
窓の外には、針葉樹の森が見える。
服は昨夜の村娘の格好のままだ。
少し焼け焦げたような臭いまでする。
のろのろとベッドから起き上がると、廊下に出た。
すっかりお昼を過ぎている。
「あら、アデルさま。お目覚めですか?」
「エミリーは?」
「まだお休みでございます。昨夜はポールさまとノアさまが、お二人をここまで送ってくださったのですよ」
身支度を整え、談話室に入る。
しばらくして、エミリーも入ってきた。
ぐったりと疲れた様子でソファに腰掛ける。
「アデル、体調はどう?」
「最悪ね。エミリーは」
「私も」
互いの視線がピタリと合った。
その瞬間、不意におかしくなって、つい二人で笑いだす。
「ふふ、でも楽しかったわ」
「私もよ。お酒飲んだの初めてだったもの。エミリーは違ったんでしょうけど」
「あら。私だって2杯も飲んだことはなかったのよ。酔っ払うって、こんな感じなのね」
ノアと二人で歩いた、ランプで繋がれた明かりと村の雑踏を思い出す。
かがり火の踊りの渦の中で、振り返り微笑んだ彼の姿が、まだ焼き付いている。
「ねぇ。ノアは? 今どこにいるの」
「聞いてないの?」
「だって、私もよく分からなくなっていたから……。てゆうか、なんでノアがここへ?」
「ごめんねアデル。ノアさまがどうしても、アデルに会いたいからって……」
「それで私をここへ呼んだの?」
「それもあるけど、私自身が本当に、あなたと会いたかったからだってのは、信じてほしい」
「うん。もちろんそれは、分かってるけど……」
何となく、ノアと顔を合わせ辛かったのが、別の意味でまた合わせ辛くなってしまった。
かがり火の渦の中で立てなくなって、ノアに倒れかかって、そのまま……。
「ノアさまは、アデルになんて?」
「……。別に、何も言ってないわ。ただお互いに酔っ払って、踊ってただけよ」
「そうなの?」
そっと唇に触れる。
キスされた気がするけど、よく覚えていない。
「で、どうしてノアがここへ? 今はどこに居るの?」
「ノアさまは、ポールと一緒にシモンの所へ避暑に行くことになってるの。だから、ノアさまとポールは、シモンの別邸にいるはずよ」
そう言うと、エミリーは手紙を取り出した。
それはノアからエミリーへ送られた、この夏の予定をびっしりと書き記したものだった。
「ほら、ね。ノアさまが私たちに召集かけて、この計画を立てたのよ。凄くない?」
そう言って、エミリーは笑う。
「めちゃくちゃ綿密に立ててたんだからね。アデルとこの夏を過ごすために」
確かにノアの文字で、彼が休暇を取る日程から、シモンの別邸移動する方法まで、細かく指示されている。
「ね、これからシモンのところへ、一緒に行ってみない?」
ノアがこの計画を立てたというのなら、私も彼の夏の予定に入ってたってこと?
誘ってくれたの? 私を?
そこには村祭りに参加するための、彼の予定表もあった。
「行ってどうするの? なんだかノアに顔を合わせ辛いわ」
「ね、アデル。アデルはノアさまのことが、好き?」
「……。好きだけど、でもそれって……」
「あの小さな緑の館を出たから? 友達や兄妹以上には見られなくなった?」
その質問に、なぜかちゃんと答えられなくなっている。
今までなら、即答出来ていたはずなのに……。
「ノアは別に、私のことは自分を取り巻く仲間の一人くらいにした思ってないもの」
「仲間って?」
「シモンとかポール……。エドガーと一緒ってことよ」
「ノアさまは、アデルとの結婚を確かなものにするために館を出たのよ。王族の一員として認められ、ご自分の地位を確保してから、アデルを正式に婚約者として認めさせるつもりなんじゃない。そのために頑張ってるのではなくて?」
「だけどそれは、私のためだとは限らないわ」
「どうして?」
「ノアと私は、結婚出来ないもの」
王族が一度結婚してしまえば、離婚することは出来ない。
それでも別れる手段を取るならば、“結婚を解消”することでしか、離れられないのだ。
子供も出来ない。
一緒に暮らしてもいない。
結婚の事実がないとなれば、“解消”は可能だ。
ノア自身にそんなつもりはなかったとしても、結局は自分の娘を嫁がせたい、貴族たちの思惑に加担している。
「だから私は、この国でお妃のように扱われておきながら、婚約者のままなんだわ」
「だけどもう、アデルはすっかりこの国の人間よ!」
「ありがとう、エミリー。そう言ってくれるのはあなただけよ」
「大体、第一王子であるステファーヌさまと、第二王子のフィルマンさまがさっさとご結婚なされば、こんなに悩む必要はないのに」
「それだけお妃選びには、慎重でなくてはならないということだわ」
エミリーは、私の手をギュッと握りしめた。
「ねぇアデル。大丈夫よ。あなたが不安がることはないわ。ノアさまは……。アデルのことを、本当に大切に思ってる」
「だから、それは……」
本当に、好きになってもいいの?
政略結婚で、自分の国から逃れて来ただけの私が?
「私とノアは、仲良くやってるわ。少なくとも、喧嘩はしてないもの」
「だけど、それだけじゃダメでしょ」
「ねぇ、エミリー。私はどうしたら……」
ノックが聞こえた。
振り返ると、侍女の後ろに誰かが立っている。
頭はぼんやりとして、胸焼けがする。
気持ち悪い。
吐き気とズキズキする頭の痛みに、重たい体を起こした。
「あぁ、ここはエミリーの別荘だったわ……」
窓の外には、針葉樹の森が見える。
服は昨夜の村娘の格好のままだ。
少し焼け焦げたような臭いまでする。
のろのろとベッドから起き上がると、廊下に出た。
すっかりお昼を過ぎている。
「あら、アデルさま。お目覚めですか?」
「エミリーは?」
「まだお休みでございます。昨夜はポールさまとノアさまが、お二人をここまで送ってくださったのですよ」
身支度を整え、談話室に入る。
しばらくして、エミリーも入ってきた。
ぐったりと疲れた様子でソファに腰掛ける。
「アデル、体調はどう?」
「最悪ね。エミリーは」
「私も」
互いの視線がピタリと合った。
その瞬間、不意におかしくなって、つい二人で笑いだす。
「ふふ、でも楽しかったわ」
「私もよ。お酒飲んだの初めてだったもの。エミリーは違ったんでしょうけど」
「あら。私だって2杯も飲んだことはなかったのよ。酔っ払うって、こんな感じなのね」
ノアと二人で歩いた、ランプで繋がれた明かりと村の雑踏を思い出す。
かがり火の踊りの渦の中で、振り返り微笑んだ彼の姿が、まだ焼き付いている。
「ねぇ。ノアは? 今どこにいるの」
「聞いてないの?」
「だって、私もよく分からなくなっていたから……。てゆうか、なんでノアがここへ?」
「ごめんねアデル。ノアさまがどうしても、アデルに会いたいからって……」
「それで私をここへ呼んだの?」
「それもあるけど、私自身が本当に、あなたと会いたかったからだってのは、信じてほしい」
「うん。もちろんそれは、分かってるけど……」
何となく、ノアと顔を合わせ辛かったのが、別の意味でまた合わせ辛くなってしまった。
かがり火の渦の中で立てなくなって、ノアに倒れかかって、そのまま……。
「ノアさまは、アデルになんて?」
「……。別に、何も言ってないわ。ただお互いに酔っ払って、踊ってただけよ」
「そうなの?」
そっと唇に触れる。
キスされた気がするけど、よく覚えていない。
「で、どうしてノアがここへ? 今はどこに居るの?」
「ノアさまは、ポールと一緒にシモンの所へ避暑に行くことになってるの。だから、ノアさまとポールは、シモンの別邸にいるはずよ」
そう言うと、エミリーは手紙を取り出した。
それはノアからエミリーへ送られた、この夏の予定をびっしりと書き記したものだった。
「ほら、ね。ノアさまが私たちに召集かけて、この計画を立てたのよ。凄くない?」
そう言って、エミリーは笑う。
「めちゃくちゃ綿密に立ててたんだからね。アデルとこの夏を過ごすために」
確かにノアの文字で、彼が休暇を取る日程から、シモンの別邸移動する方法まで、細かく指示されている。
「ね、これからシモンのところへ、一緒に行ってみない?」
ノアがこの計画を立てたというのなら、私も彼の夏の予定に入ってたってこと?
誘ってくれたの? 私を?
そこには村祭りに参加するための、彼の予定表もあった。
「行ってどうするの? なんだかノアに顔を合わせ辛いわ」
「ね、アデル。アデルはノアさまのことが、好き?」
「……。好きだけど、でもそれって……」
「あの小さな緑の館を出たから? 友達や兄妹以上には見られなくなった?」
その質問に、なぜかちゃんと答えられなくなっている。
今までなら、即答出来ていたはずなのに……。
「ノアは別に、私のことは自分を取り巻く仲間の一人くらいにした思ってないもの」
「仲間って?」
「シモンとかポール……。エドガーと一緒ってことよ」
「ノアさまは、アデルとの結婚を確かなものにするために館を出たのよ。王族の一員として認められ、ご自分の地位を確保してから、アデルを正式に婚約者として認めさせるつもりなんじゃない。そのために頑張ってるのではなくて?」
「だけどそれは、私のためだとは限らないわ」
「どうして?」
「ノアと私は、結婚出来ないもの」
王族が一度結婚してしまえば、離婚することは出来ない。
それでも別れる手段を取るならば、“結婚を解消”することでしか、離れられないのだ。
子供も出来ない。
一緒に暮らしてもいない。
結婚の事実がないとなれば、“解消”は可能だ。
ノア自身にそんなつもりはなかったとしても、結局は自分の娘を嫁がせたい、貴族たちの思惑に加担している。
「だから私は、この国でお妃のように扱われておきながら、婚約者のままなんだわ」
「だけどもう、アデルはすっかりこの国の人間よ!」
「ありがとう、エミリー。そう言ってくれるのはあなただけよ」
「大体、第一王子であるステファーヌさまと、第二王子のフィルマンさまがさっさとご結婚なされば、こんなに悩む必要はないのに」
「それだけお妃選びには、慎重でなくてはならないということだわ」
エミリーは、私の手をギュッと握りしめた。
「ねぇアデル。大丈夫よ。あなたが不安がることはないわ。ノアさまは……。アデルのことを、本当に大切に思ってる」
「だから、それは……」
本当に、好きになってもいいの?
政略結婚で、自分の国から逃れて来ただけの私が?
「私とノアは、仲良くやってるわ。少なくとも、喧嘩はしてないもの」
「だけど、それだけじゃダメでしょ」
「ねぇ、エミリー。私はどうしたら……」
ノックが聞こえた。
振り返ると、侍女の後ろに誰かが立っている。