そうやって迎えた誕生日当日は、よく晴れた気持ちのよい朝だった。


庭を囲むゼラニウムやペチュニアの花が美しい。


「ねぇ、やっぱりテーブルを外に出さない? その方がきっと素敵だわ」


「かしこまりました。アデルさま」


 今日は、本当に仲のよいアカデミーの女の子3人にしか招待状を渡していない。


ケーキは侍女たちと一緒に焼いたものだ。


口安めのチーズやサラダ、スープとフルーツも用意してある。


「こんにちは。お招きありがとうございます」


「まぁ、いらっしゃい。今日はありがとう」


 エミリーたちがやってきた。


庭に出したテーブルで、ささやかなお誕生日会が始まる。


「お茶のおかわりはいかが?」


「このクッキー、美味しい!」


「ケーキはアデルが焼いたの?」


 楽しいおしゃべりはいつまでも続く。


アカデミーの先生のこと、新しい詩集のこと、流行のファッションやおまじない……。


「そういえば、この間のステファーヌさまのお誕生日会はどうだったの?」


「あぁ、聞きたいわ! それは素敵だったのでしょう?」


「え、えぇ。まぁ、それはね……」


 苦し紛れに扇を開く。


そんなことを聞かれても、話せることはあまりない。


「ね、どうだったの?」


「あぁ、詩人のジャンさまにお会いしたわ」


 とたんに、歓喜の声があがった。


「素敵! さすがステファーヌさまのお誕生日会ね」


「どんなお話しをしたの?」


「そうね。とても素敵だったわ。そういえば、今度彼をアカデミーに招待するって、お約束したの」


「どうだった? やっぱりカッコよかった?」


「えぇ、まぁ……。作品の印象そのままの、とっても優しそうな方でしたわ」


 エミリーは夢見るように天を仰ぐ。


「アカデミーにジャンさまが来られたら、私はそのまま恋に落ちてしまうかもしれないわ。もしそうなったらどうしましょう!」


「そんなこと、あるわけないじゃない。そもそも、ポールとはどうなってるの?」


「今はポールは、関係ないじゃない」


 そこにいたみんなが、声を出して笑った。


彼女の顔は真っ赤になる。


「だいたい、何でもないんだし……」


「だけど、結構いいと思ってるんじゃない? お互いに」


「そりゃ、嫌いじゃないけど……」


「ね、アデルはいつも、ノアさまとは、どんなお話しをしているの?」


「えぇ?」


「だって、参考にしたいじゃない。この中で、もうちゃんとしたお相手がいるのって、アデルだけなんですもの。ね、別々に暮らしているとはいえ、夜には忍んで来られたりするんでしょう? 今夜の予定はどうなっているの?」


 好奇の目が集まる。


そんなもの、何にもあるワケないじゃない。


「ねぇちょっと待って。私たちは、どちらかというと兄妹みたいなもので、婚約者ってのも……って、知ってるじゃない」


「そんなこと言ったってねぇ!」


 彼女たちは、無邪気にクスクスと笑いあう。


「アデルも、ノアさまのことは好きでしょう?」


「それは、嫌いじゃないけど……」


 そんなこと、単なる政略結婚なんだから何とも思ってないだなんて、言いたくてもハッキリと言えるワケがない。


「えぇっと。今日は、ノアは……。どうしても忙しい用事があって、来られないの。だから、この後の予定なんてのも、特にないわ」


「えぇ? 本当に?」


「そうよ。だって、誕生日だからって、特別なことはないもの」


 今日だってきっと、あんな断り方をしたんだから、他の誰かと会ってるのかもしれない。


せっかく空いた時間なんだもの。


例えばこの間のパーティーの……。


「そうよね。ノアさまとアデルは、もう婚約して長いもの。一緒に住んでいた時期もあったし」


 彼女たちは、一斉に落胆のため息をつく。


「うちの両親だって、結婚してしまえば互いの誕生日は冷めたものだわ」


「お誕生日の日はいつもこの館で、みんなでただ騒いで遊んでいただけだったもの。それがこうやって女の子だけで集まるようになったのは、ある意味進歩かもしれないわね」


「男の子たちがいたら、きっともうお菓子は全部なくなっていたわ。今ごろはテーブルも泥だらけで、台無しよ」


「そうよ。そしたら普段のアカデミーで集まっているのと変わらないじゃない」


「この、女の子だけっていう、特別感がいいのよね」


「去年のアデルのお誕生日会だって、結局ポールが馬から……」


 軽やかな笑い声が響く。


私は冷めたお茶を入れ直した。


やっぱり、ノアたちを誘わなくてよかった。


顔を合わせたら、またいつものように甘い言葉と演技で流されてしまったかも。


私はもう、そんなノアは見たくない。


そんな彼に、流されたくない。


芽吹いたばかりの若葉と花の咲き誇る庭を、冷たい一陣の風が吹き抜けた。


「あら、空の様子がおかしいわ」


「本当ね。これは一雨くるかも」


 それまで青く晴れていた空が、黒く厚い雲に覆われ始めていた。


「まぁ、急いでテーブルを片付けましょう」


 侍女たちが慌てて飛び出してきた。


お菓子やお茶のプレートを移動させている間にも、雷鳴が轟く。


すぐに大粒の雨が降り出した。


大騒ぎをしながら、庭からそのままリビングルームへと駆け込む。


外はすっかり土砂降りの雨だ。


「間に合ったみたいね」


 吹き込んでくる雨に、開け放していたガラス扉を閉めようとしている。


蹄の音が聞こえた。


鳴り響く雷鳴と雨音と共に、二頭の馬がそこへ飛び込んでくる。


「きゃあ!」


「ノア!」


 女の子たちから悲鳴が上がった。


馬はいななき後ろ脚で立ち上がる。


それを手綱で制し、ノアはそのまま馬上から飛び降りた。


ずぶ濡れのまま、もう一人の男性と共に部屋へ駆け込んで来る。


「あはは。やっぱり、ひどい雨になったなぁ!」


「だから降るって言ったじゃないですか」


「服から滲みて冷たいな」


「最悪ですよ」


「アデル、タオル貸して」


 髪から滴る雨もそのままに、ノアは手を突き出す。


「……。持って来てあげてちょうだい」


 侍女から渡されたそれで、彼らはぐしゃぐしゃと頭を拭いた。


「やぁアデル。久しぶりだね」


 呆れて言葉も出ない。


女の子たちも、突然の訪問に困惑している。


「悪いね。せっかくのお誕生日を邪魔して」


 本当に最悪。


って、そう思っていても、絶対に顔には出さない。


ノアは濡れたタオルを、バサリとソファに投げた。


「ノア。そちらの方は?」


「僕の新しい補佐役だ。前のヤニスがね、年齢を理由に引退したんだ。だからその後任についた、エドガーだよ」


 その黒目黒髪の男性は、少し照れた様子で胸に手を当てた。