リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

「犬小屋が欲しいと言っただろう」

 番犬よりは近いが、微妙に違っている。
 正確には『犬小屋でもお願いいたしましょうか』だ。

 もともと辺境の屋敷での生活が落ち着いたら、犬を飼おうと思っていた。前世のときから憧れのひとつだったのだ。
 田舎暮らしと言えば畑仕事とニワトリと大きな犬。自分でも笑えるくらい安直な発想だが、この人生もいつ終わりを迎えるかわからないのだから、叶えられるものは貪欲に叶えていきたい。

 だからと言って帝国の皇太子に犬小屋作りを頼む者がどこにいるというのだろう。ただの居候に頼むのとはわけが違う。
遠回しに『皇太子殿下にしていただくようなことはなにもございません』と、冗談交じりに断ったつもりだった。

「小屋を持ってくるついでだ。中身もあった方がいいだろう?」

 気が利くだろうと言わんばかりの笑みに、リリィは思わず額を押さえた。

「皇太子殿下……」
「アルでいい」

 まだ言うか。

 令嬢らしくないツッコミが心の中で湧き上がるが、必死に抑え込む。相手は帝国の皇太子だ。彼の人となりはなんとなくわかっているが、あまり失礼な態度を取ることはできない。
 そこでやっと、自分がまだひと言もお礼を口にしていないことに気がついた。相手の立場や贈り物の中身がどうかは別として、贈り物に対するお礼は人として当たり前の道義である。

「殿下のご厚意に心より感謝いたします」

 スカートの裾を持ち上げて腰を落とすと、アルが眉を持ち上げた。
 どこかおかしいところでもあったのだろうか。
 舞踏会とは違い、今はくるぶしから下は見えているが、カーテシーは完璧なはずだ。