リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

 反射的に「きゃっ」と悲鳴を上げて後ろに下がった瞬間、「お座り!」という声。二メートル手前のところでそれが腰を落とした。

 背中側が茶色、お腹側は白い毛に覆われた〝それ〟は、舌を出しながらくるりと巻いたしっぽを振っている。
 か、かわいい……!

 実は昔から犬と子どもが大好きなのだ。前世で合コンや婚活に励んだのだって、早く子どもが欲しかったからにほかならない。
 うっかり緩みそうになった口もとを引き締めながら、目の前の〝柴犬風獣〟を見ながらと見た。どう考えてもただの犬ではない。

「あの、いったいこれは……」
「ああ、うちで生まれた子犬だ」
「子犬……?」

 子犬にしてはずいぶん大きい。柴犬によく似ているが大きさは成犬並みだ。

 いや、一番の疑問はそこではない。この世界に、背中に羽が生えた犬なんていただろうか。

 目の前の茶色い生き物をまじまじと見ていると、アルがこちらにやって来た。

「うちで飼っている番犬が産んだんだ。魔犬調教師がしつけをしてくれているから、飼い主に危害を加えることはない。忠誠心が強くていざとなった大人のひとりやふたりあっという間に片づけるだろう」

 ちょっと待って。どこから突っ込めばいいのだろう。
 魔犬? あっという間に片づける? しかも〝うち〟と聞こえたような。

「グラン皇室産の魔犬……?」

 ひとり言に〝正解〟とでも言うように、アルが口の端を持ち上げる。くらりと眩暈がしそうになった。

「どうして……」
「おまえが俺に頼んだんだろうが」
「わたくし、番犬を頼んだ覚えはございません」

 舞踏会で一緒に踊った後、『望みはなんだ』という彼に答えたのは――。