リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

 彼は最初から全部知っていたのだ。辺境の街で出会ったのが、悪女の噂で社交界を追放された伯爵令嬢だということを。
 かわいそうに思っていたから、助けてくれたのだろうか。さっきのこともだが、辺境の別邸でのことも。

 一緒に過ごした日々が急速に色を失っていく。

「知らぬこととはいえ大変な失礼をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。アルフレッド皇太子殿下」
「リリ――」
「ご厚意は一生忘れませんわ」

 にこりと微笑んだところで曲が止んだ。
 ドレスの裾を持ち上げながら足を引き、腰を落とす。これまでで一番優雅に見えるよう、頭のてっぺんからつま先まで全神経をカーテシーに注ぐ。

「失礼いたします」

 きびすを返したところで「待て」と止められた。
 いったいなんの用がまだあるというのだろう。同情や憐憫なんて欲しくない。
 胸の中がすうっと冷えていくのを感じながら振り返った。

「約束がまだ残っている」
「約束……」
「俺が何者か当てられたら、願いをひとつ聞く約束だっただろう?」
「あ!」

 そうだった。〝アル〟がそんなことを言っていたな、と思い出す。

「望みはなんだ。〝俺にできること〟ならなんでもいい」

 自分が彼にしてもらいたいことは、いったいなんだろう。
 リリィはじっと黙って考える。

 ゆっくりと視線を持ち上げ、目の前の彼を見た。

「では――」

 リリィが言い終えると、深緑の瞳が大きく見開かれた。