リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

「ご冗談。私の経験の中で、あなたは群を抜いてダンスがお上手だ」
「お褒めのお言葉、恐悦至極にございます」

 よく言うわ。本当に踏んでやろうかしら。
 思考とまったく別の言葉がよどみなく口から出てくる。彼はくつくつと肩を揺らして笑ったあと、声のトーンを低く落とした。

「まあ、おまえになら思い切り踏まれてみるのもいいかもな」
「なっ……」

 がらりと変わった口調にぎょっとする。意味もさっぱりわからない。
 一瞬動揺を表に出してしまったけれど、耳に届く優雅な音楽に自分がどこにいるのか思い出し、即座に気持ちを立て直す。

「お戯れを。皇太子殿下」
「アルでいいと言っただろう、リリィ」

 それにはイエスともノーとも言わず、微笑みだけを返しておく。

「先ほどはありがとうございました。大変助かりましたわ」
「先ほど? ああ、あの虚言癖女と色ボケ王子か」
「色ボっ……お言葉が過ぎますわ。誰かに聞かれたらどうなさるおつもりですか」
「誰も聞いちゃいないさ。それに聞かれたところで、どうにかできるものならすればいい」

 そんな怖いもの知らずが、この場にいるとは思えない。
 堂々と言うべきか不遜と言うべきか、そういうところは〝アル〟のときと変わらないのだなと思ったら、なんだかおかしくなった。
「ふふふ」と忍び笑いを漏らしながらステップを踏む。アルのリードはやはりとても踊りやすい。

 ドレスの裾が大きく円を描いて舞う。広がる裾にシャンデリアからの光が当たって、エメラルドグリーンのタフタがキラキラと輝く。まるで無数の星が瞬いているようだ。

「美しいな」
「え?」
「皆がおまえに注目している」
「それはわたくしにではなく、殿下にですわ」
「相変わらずわかってないな。第四王子の許嫁でなければ声をかけたいという輩がどれだけいたと思っている」
「どれだけって……。もしかして、殿下はわたくしのことを以前からご存じだったのですか?」
「まあな」
「そう、だったのですか……」