リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

 ああ、めんどくさい。
 どうせリリィがなにを言っても、第四王子は信じるはずがないのだ。
 王子にとってはイレーヌの言葉がすべてで、リリィが否定しようものならそんなはずはないと一蹴される。あのときもそうだった。

「おい、なんとか言ったらどうなんだ」

 思い切り舌打ちをしたいところだが、そんなことをしたら余計に面倒なことになる。

「ジョナス殿下。わたくしは王妃様からのご招待でのお呼びでこの場おります。ですから、王妃様からお声が掛かったらすぐにお伺いせねばならないのです」

 イレーヌをかまっている場合ではないと暗に訴えてみる。

「では、今回の件は母上のお耳に入れておこう。厳しいお咎めを受けなければいいがな!」

 第四王子の苛立った声に焦りを感じ始めたとき、背後から声をかけられた。

「リリィ=ブランシュ」

 聞き覚えがある声に、まさかと思いながら振り返る。
 立っていた人の姿が、頭に思い描いたものと違っていた。

 リリィよりいくつか年上の男性は、黒い髪を後ろに流し、肩章、飾緒の豪華な装飾のついた純白の上衣を身に着けている。長身に映える丈の長いマントは王族の証だ。

 頭の中に入っている自国の王族には目の前の男性は当てはまらない。他国からの来賓だろう。
 いくらあの数日間が楽しかったからといって、こんなところにいるはずもない人の声に聴き間違えるなんて、我ながらどうかしている。

 そんなことを考えながらでも染みついた習慣で勝手に体が動く。いつものようにカーテシーのために足を後ろに引こうとしたところで、突然腰をさらうように抱き寄せられた。

「っ!」
「怒っているのですか? それとも待ちくたびれて愛想を尽かしてしまいましたか?」

 驚きと混乱で身動きひとつ取れないリリィの手を、彼はさっとすくい上げる。手の甲に唇を押し当てると、そのまま上目遣いにリリィを見つめた。

深い森を映した泉のような瞳。

大きく息をのんだ。

まさか。そんなはずない。