リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

「……っ!」

 上げそうになった悲鳴をすんでのところでのみ込むと、アルが口の端を持ち上げた。

「手玉に取ってもらおうか」
「ふざけるのはやめてくださいませ」

 長く垂らされた前髪の向こう側をじろりと睨み、努めて平然とした声で返す。――が、あごをつかまれて上向かされた。
 息を吸い込んだ喉が「ひゅっ」と音を立てる。「離しなさい」と言いたいのに声が出せない。ゆっくりと近づいてくるアルの顔が視界を埋め尽くそうとしている。

 前髪の合間からちらりとのぞくグリーンの瞳はまるで深い森を映した泉のようで、逸らすどころかくぎ付けになる。
 鼻先が触れ合うほどの距離になってやっと自分の状況に気づき、なす術もなくまぶたをぎゅっとつむった。

「顔が真っ赤だぞ」

 耳のすぐ横でささやかれた低音に、両目を見開いた。耳の横に顔を寄せていたアルが、ゆっくりと離れていく。

「だ、騙しましたわね!」
「なんのことだ」

 アルはなに食わぬ顔でそう言うと、こちらをチラリと見て「ぷっ」と吹き出した。そして肩を震わせてくつくつと笑いだす。やっぱりからかわれていたのだ。

「もう!」

 膨れてみたものの、楽しげな笑い声につられて「ぷっ」と吹き出した。「あははは」と声を上げて笑う。
 いつの間にか笑いを収めていたアルがぽつりと言った。

「その方がいい」
「え?」
「すました作り笑いなんかより、そっちの方がずっとおまえに似合っている」

 きゅん、と鼓動が音を立てた気がした。いや、そんなはずはない。きっとさっきの余波が残っていてまだ落ち着いていないだけだ。