「本田先生!」

桜士の耳に鈴を転がしたような声が届く。桜士が振り返れば、そこには一花が少し息を切らせて立っていた。

「……俺はもう、本田凌じゃないんですよ」

一花に会えたことに嬉しさを感じ、微笑みながら桜士はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出す。それを一花に見せると、一花は「九条桜士さん」と名前を呟いた。

好きな人に名前を呼ばれた瞬間、自分の名前がどこか特別なものに感じた。この名前でよかった、そう強く思ったことは桜士にとって生まれて初めてのことである。

「誘拐される前、本田先生ーーーじゃなかった九条さんが公安からの潜入捜査官だと聞かされてはいましたが、どこか信じられなくて。でもこうして見ると、本当なんだなって感じます」

一花はそう言い、微笑む。だがその目はどこか不安げに揺れており、その不安が何に向けられているのか、桜士は嫉妬を感じてしまうほどに理解する。

「ミンジュンさんがこれからどうなるのか気になっている、違いますか?」