びくり、と肩を揺らした。冷や汗が背中をつたっていく。

 背中に強い視線を感じる。
 
「おい! オリヴィアが逃げたぞ! 捕まえろ!」
「はい!」
 
 家臣たちが槍を構えてオリヴィアに向かってくる。
 まずい。次に捕まったら、今度こそその場で殺されそうだ。
 オリヴィアは弾かれたように走り出した。

 しかし、運動が苦手だということを忘れていた。
 走り慣れていない足はもつれ、絡まる。

 それでもなんとか踏ん張って数十メートル走ったが、今度はラファエルに殴られて擦った膝がずきりと痛んだ。

 足から力が抜ける。地面にへばりつくように転んだ。息が荒い。

(……終わった)

 しゃがみ込んだオリヴィアの頬に、かちゃりと鋭く冷たいなにかが突きつけられた。
 それが剣の切っ先だというのは、視線をやらなくてもわかった。

 目を伏せる。

「残念だったな。貴様にはもう用はない。この場で刑を執行してやる」

 ぐ、と唇を噛み締めた。

「なにか言いたいことはあるか」

 ラファエルが冷ややかに告げる。

 どうせ死ぬなら、と、オリヴィアは小さく口笑った。

「今さらですか」
「なに?」

「……言いたいことなんて、これまでだっていっぱいありました。元の世界で恋人に逆上されて殺されて……目が覚めたら知らない世界にいて、私は知らない人と婚約していて……その人は、この王国の第一王子で、美しくて。……もしかしたら、神様が同情して私に幸せな暮らしを与えてくれたのかと思ったけど」

 蓋を開けてみたら、全然違った。オリヴィアは王国中からの嫌われ者。悪役だった。
  
「結局その婚約者にも捨てられる悪役令嬢って……どんなオチですか」
 
 こんな話、殺されるよりずっと酷い。

「でも、それでも私は幸せでした。私にはレイルくんがいてくれたから……」 

 好きな人と暮らして、可愛いドレスを考えて、美味しいものを食べて。
 ただの日常がとてつもなく幸せだった。

 ラファエルは眉をひそめた。

「……でも、ソフィア様にひどいことをしたのは事実です。ごめんなさい」

 オリヴィアは頭を下げた。動いた拍子に、オリヴィアの頬に赤い線が流れる。

「それは、連れ去ったということか」
「それは違います! 私はこれからソフィア様を探しに行こうと……」

 オリヴィアは目を伏せる。さすがにもう、この状況ではなにを言っても無駄だろう。

「……すみません。殺されるのが怖くて脱走したのも事実です」

 ラファエルがパッと剣を引いた。

「ラファエル王子の気が済むなら、どうぞ殺してください」

 どうせ私は一度死んだはずの人間ですから、と、オリヴィアは俯いた。