事件が起きたのは、レイルが出かけてから数時間後のことだった。

 オリヴィアは言いつけどおりにブラウスの上からボレロカーディガンを羽織ると、キャンバスを持って庭に出た。

 今日は陽射しが強いため、ついでにカンカン帽を被った。オリヴィアは目を細めて空を見上げる。
 風があるおかげでさほど暑くはないが。

 ふたりが住む赤レンガ造りの瀟洒(しょうしゃ)な洋館は、森の奥深くにある。
 
 壁には(つる)(つた)が絡まり、魔女の館、と言われるとしっくりくるような外観である。
 
 といっても洋館がある場所は木がなく拓けているので、全体に陽の光が当たるため、存分に明るいのだが。

 オリヴィアは洋館のすぐ横に流れる小川側の庭に出た。平らな草の上にシートと椅子を広げ、キャンバスと向き合う。
 
 最初はぎこちなかったものの、暇つぶしでずっと握っていたら筆使いにも随分慣れた。

 オリヴィアは最近、レイルの仕事を手伝い、デザインを一部任せてもらっているのだった。

 こちらの世界では上下が別れた服は珍しいらしく、オリヴィアが考える現代風のドレスは割と好評だった。

(今日はクラシカルワンピースを描きたい気分だ。川の水が綺麗だから薄い紫色で、レースをふんだんに使った……あぁでも、アンブレラスカートもいいなぁ。淡い黄色にして、ブラウスは紺色。頭につけるリボンを真っ赤にしたら、まるで白雪姫(しらゆきひめ)だ。この世界のお姫様と一風違って、割と和風のドレスも売れるかも)

 わくわくしてきた。
 
「セーラー服とか文学系もいいかも……」
 
 ひとりごとを呟きながら、オリヴィアはするすると手を動かしていく。
 晴れた日は想像が(はかど)る。今日はたくさん描けそうだ。

 そのときだった。
 さく、と下生えの草を踏む音がした。

(……おや?)

 もしかして、レイルがもう帰ってきたのだろうか。思ったよりずっと早い。
 オリヴィアが振り向く。

「!」
 そこにいた人物の姿に、オリヴィアは目を瞠った。

「久しぶりだな、オリヴィア・ローレンシア」 
「……ラファエル王子……」 

 オリヴィアの前に立っていたのは、ラファエル・スコット――レイルの兄であり、かつてのオリヴィアの婚約者であった。