翌日から、甘い新生活が始まった。レイルとの生活はなに不自由なく、穏やかで幸せだった。
 あっという間に一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。

 オリヴィアとレイルの関係も少しづつ縮まって、今では一緒に寝るようになっていた。とはいっても、キス以上のことはまだなのだが。

 さらさらと、頬を筆のような優しいなにかに撫でられる感覚に、オリヴィアは目を覚ました。
 
「んん……」

 身体が温かい。

 目を覚ますと、オリヴィアはレイルの腕の中にいた。顔を上げると、にこにこ顔のレイルと目が合う。

 ぎょっとした。

「ふふ、起きた?」

 レイルはオリヴィアに想いを告げてからというもの、さらに積極的になった。

「おはよう、オリヴィアさん」

 と、レイルはオリヴィアの前髪を優しくかきあげ額にキスを落とす。

「う……朝から心臓が止まる〜」

 顔を両手で隠すオリヴィアを見て、レイルは肩を揺らした。
 
「こんなことで止まらないよ、大丈夫」

(最近レイルくんが甘過ぎるどうしよう)

「オリヴィアさんの寝顔めちゃくちゃ可愛かった!」

 ふにゃっとした顔で抱きついてくるレイルに、オリヴィアは朝から茹でダコになっている。

「やめて死にそう……」
「それは困る」
「じゃあ離れよう」
「それもやだ〜!」

 さらに強く抱き締められる。ぴたっと触れ合った素肌に深い愛を感じていると、突然ぐ〜っと不思議な音が鳴った。

 ハッと目を開く。
 レイルは声を殺して笑っていた。

 かぁっと全身の血が顔に集まっていく。

「う……レイルくんのバカ」
「ごめんごめん」

 しかし、まだレイルの肩は揺れている。オリヴィアは頬を膨らませて、レイルに背中を向けた。

 すると、レイルは慌てたように起き上がった。

「ごめんって、オリヴィアさん。怒らないで」
「…………」
「オリヴィアさん〜」
「…………」
「あ、今日の朝ごはんはオリヴィアさんが好きなものにしようか」
「…………」
「オリヴィアさん〜」

 今度はオリヴィアがくすっと笑みを零した。くるりと身体の向きを変え、レイルを見上げた。

「冗談だよ」
「もう……オリヴィアのバカ〜」
「じゃあ、嫌い?」
「好きですバカ〜」

 再び抱き合って、笑い合う。しばらくじゃれあってから、ようやくベッドから出た。

「さて、朝ごはんは、パンケーキとフレンチトースト、どっちがいい?」
「フレンチトースト……!!」
「了解。じゃあ、ちょっと待っててね」
「うん」

 ほどなくして朝食ができあがると、レイルはプレートを持って部屋に戻ってきた。
 
 甘いはちみつの香りが食欲をそそる。

 今日のメニューはフレンチトーストにはちみつ漬けナッツのヨーグルトとはちみつ紅茶。
 はちみつづくしだ。オリヴィアの大好物である。

 トーストを口に運びながら、レイルが言う。
  
「今日は予約が入ってたドレスを街に出しに行ってくる。ついでに王宮に寄ってくるから、少し遅くなるんだけどひとりで大丈夫かな?」
 
 そういえば、昨晩そんなことを言っていた。
 レイルはレイン・シルヴァという名前で魔法具(特にドレス)を売って稼いでいた。

 レイルが作るドレスはどれも美しく、さらに魔力も込められているためかなり人気のようだ。
  
「それなら私、庭でデッサンしててもいい? 新しいドレスの」
「もちろんかまわないけど……じゃあ、カーディガン出しておくよ。外に出るときは必ず羽織って。風邪引くといけないからね」
「それくらい大丈夫なのに……」

 相変わらず過保護が過ぎるレイルである。
 
 思わず口を尖らせると、 
「オリヴィアさん」
「む……」

 こうなると、レイルは折れない。オリヴィアはこの数ヶ月で学習した。こういうときは素直に頷いておくに限る。
 
「わかった。羽織ります」
「よろしい」

 朝食を終えると、レイルは食器を持って、着替えに部屋を出ていった。