悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話

エバは待たせていた侍女と落ち合い、すぐに屋敷に戻ると早速一人でこっそりと荷造りを始めた。
 いつもは侍女任せだったので綺麗には収まらなかったが、自分なりに生活に必要だと思えるものは詰められた。
 行き先の宛はないが、とにかく国を出ないと。
 生まれ育ったこの家が酷く嫌だった訳ではない。
 どこの伯爵家も娘は政略結婚の駒のひとつだし、エバもそれに逆らおうなんて思っていなかった。
 ──相手が、ブライアン王子でなければ。
 先走る焦燥感に背中を押されて行動を起こそうとしているが、全面的に正解かと問われたら自信を持って返事が出来ない。
 そんな中途半端な気持ちを奮い立たせるように、エバは小さな声で呟く。
「さぁ、国から出たら働くのよ。誰も身の回りの事はしてくれないから、自分で自分の面倒をみてね」
 白く華奢な腕、侍女が綺麗に整えてくれた爪先。
 これから失われていくものは多いが、心は不思議な気持ちで満たされていた。
 それから、ブライアン宛に一通の手紙を書いた。
『未来の王妃になるなんて、責任が重すぎてまっぴら御免です』
 要約するとこんな内容の、不敬と取られても仕方がない手紙をしたためた。
 予想される王妃の責務に、エバ・クマールは弱音と暴言を吐き逃げ出した。
 悪役になって姿を消せば、消去法、なんて言ったら申し訳ないがカトリーナが必然的に第一王子ブライアンの婚約者候補の一番上に上がるだろう。
(カトリーナ様を支持していた貴族達が、更に声を上がる事を願っています……!)
 エバは丁寧に便箋を折り、封筒に入れてしっかりと封をした。