悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話

王子とカトリーナの悲しげな顔は、エバの心を酷く痛めた。
 二人がここから逃げる必要なんてない。
 この物語に必要のないのは、自分なのだとエバは強く思うようになっていた。
 自分が居るから、二人は幸せになれないのだと。
 せっかくの美しい庭の中で、王子とカトリーナは儚く立ち尽くしている。
 このまま砂のように風に攫われて二人が目の前から消えてしまいそうで、エバは苦しくて涙が出そうだった。
「……うん。決めました……やっぱりこの方法が私たちにとって一番良い方法だわ」
 二人を見守りながら独り言のように呟いたエバの、それをアンドレアは聞き逃さなかった。
「何が一番良い方法なんです?」
 アンドレアは赤い瞳に興味津々といった感情をのせてエバに聞いた。
 エバはアンドレアに向き合い、意を込めて囁いた。
「私、この国を出ます」 
「なんだって?」
「私が居なくなれば、丸く収まるんです。カトリーナ様は国境の治安を王から全面的に任される辺境伯の令嬢です、妃になるのに家柄に何も問題はありません」
 問題なのは、自分の立場を固める為に自分の娘との婚約をゴリ押しするエバの父なのだ。
 エバは仕事や国外に出た経験も無かったが、令嬢にしては必要以上にガッツがあった。
「アンドレア様」
 エバはアンドレアに、隠れて座ったままだが改めて向き合う。
「王子とカトリーナ様の事、どうぞ宜しくお願いします」
 アンドレアとは、あの二人をこうやっていま見守ったのだ。
 多少は縁があったのだとエバは信じ、自分が見届けられない二人の行く末を頼んだ。
「あと、私が言った事は勿論他言無用でお願いします。では、アンドレア様もご息災で」
 エバは聖母と見間違うほどの微笑みをアンドレアに向けて立ち去った。