悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話

エバは白く美しい手指で、慌ててアンドレアの口を塞いだ。
 その拍子にバランスを崩してしまったが、アンドレアが軽々とエバを抱き留める。
「……エバ様、足は痛めていませんか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
 口を塞いだはず手はしっかり握られてしまっていて、エバは恥ずかしいやら情けないやらで下を向いてしまった。
 そうして、抱き留められたままの自分に気付き、ばっとアンドレアから身を離した。
 アンドレアはさして気にする様子もなく、さっきまでエバが見ていたガゼボに目をやる。
 確かにそこには、第一王子ブライアンと令嬢カトリーナが深刻げな表情を浮かべて佇んでいた。
「俺の最近の観察によると、王子とカトリーナ様は……エバ様の前では言いづらいのですが……」
「分かっています。あの二人は想いあっているのよ、それもずっと」
 カトリーナ、と呼ばれた少女は、暗い顔で俯いている。
 王子はその手を取り、優しく握った。
 エバの存在が無ければ、王子の婚約者に名前が上がったのはこのカトリーナだったろう。
 実際、カトリーナを推す声も少なくない。
 カナン帝国の辺境を守る伯爵家の一人娘で、思いやりがあり慈愛に溢れている。
 落ち着いた雰囲気で、誰もが頼りにしたくなる聞き上手だ。
 行儀見習いとして辺境から王都にやってきて王子と出会い、二人はたちまち恋に落ちた。
 エバも王子からカトリーナを紹介され、それを喜ばしく見守っていた。
 しかし、黙っていない人間がひとり。
 エバの父は、その状況が面白くなかった。
「あの二人、とてもお似合いなんです。王子は少し気が弱いところがあるけれど、とても優しい人です。カトリーナ様は、ちゃんと王子自身を見てくれている」
 エバはカトリーナが王子の立場ではなく、中身を好きになってくれた事に大いに喜んだ。
 二人を応援すると言ったのに、状況は一変してしまった。
 父は王に、自らの娘こそ王子の妃に相応しいと進言してしまったのだ。