(このまま、とことん無視を決め込んで距離を取ろう)
 悪手だとはわかっていても、ついに恐怖まで感じ始めたエバにはそれしか方法が頭に浮かばない。
 エバが反応をせず足を止めない事を面白がってか、または容姿が気に入ったのか。
 座り込んでいた男達は、一人、二人とエバを追い掛ける為に立ち上がり始めた。
 ざっざっと土埃が上がりそうな歩き方、時々また笑い声。
 付いてくる足音に、エバは思わずこそりと振り返ってしまった。
 男達はニヤニヤと嬉しそうにして、更に距離を詰めようとしてきていた。
「こんな夜にどうしたの、迷子にでもなっちゃった〜? オレらこの辺に詳しいし、特別に案内してあげるよ」
「荷物持ってあげようか?」
 本来ならば親切な言葉のはずなのに、そうは聞こえないのは男達から漏れ出す下心のせいだ。
 家を出た早々にこんな目に合うなんてと、エバは泣きたくなった。
 これからいくらでも、十分に気を付けないとこんな目に合うのだ。
 明日からは夜は出歩きません!
 だから今だけは、どうか助けてください………!
 強く神に祈った瞬間、肩に触れられて、エバは思い切りトランクを振り回した。
「いやっ! こないで、止めて!」
 目を閉じて、とにかく力いっぱいに闇雲に。
 おおっと、男達の明らかに動揺した声が上がったあと。
 ガンッ! と音を立ててトランクが何かにぶつかったが、すぐに振り回すその手を掴まれてしまった。
「やだっ! 触らないでっ」
「エバ様、落ち着いて下さい」
「やっ、離して……ってあれ、その声は」
 聞き覚えのある声に少しずつ暴れるのをやめて、恐る恐る顔を上げ目を開けた。
 そこには、昼にご息災にと別れの挨拶をしたアンドレアが居た。
 黒と赤を基調とした正服姿は、思わずエバもドキリとする程格好がいい。
 アンドレアは暴れるエバをしっかりと抱き留め、にっこりと微笑んでいる。
 薄闇の中で、赤い瞳だけが炎のように揺らめいている。
「アンドレア様、どうして……んん?」
 いや、微笑んではいるけれど、目の奥が全然笑っていなかった。