たったそれだけのことなのに、亜子は目を離せなかった。


 もっと……


「カット!」


 もっと見ていたい。


 そんな欲が顔を覗かせた瞬間に、亜子を現実に引き戻す声が響いた。


 大人たちは次のシーンについて話し合っている中で、颯斗が近付いてくる。


 颯斗は床に膝をつき、両肘を机に置いて亜子を見上げる。


「完璧だったよ、亜子ちゃん。まるで恋する女の子みたいだった」


 亜子は、颯斗の褒め言葉をすぐに理解できなかった。


「あんな熱い視線を向けられるなんて、洸が羨ましいよ」


 颯斗は亜子の頬に手を伸ばす。

 何が起ころうとしているのかわかっていないようで、亜子はそのまま固まる。


 しかし、亜子にその指先が触れる前に、颯斗の手は秋良に握り潰された。


「貴方には学習能力がないんですか」


 そしてそのまま、颯斗は秋良に連れていかれるが、教室を出るまで、颯斗は亜子に手を振った。


「ちょっとちょっと、私が目を離した隙にSparkleと超接近してるじゃん、亜子」
「……綾芽ちゃん、私と代わりますか?」


 綾芽の羨ましいという視線に、亜子は嫌そうな表情で答える。


「それは遠慮しておくよ」


 少しずつ、後には引けない状況に、亜子は後悔が芽生えていた。