それは壱の都合にすぎない。


 亜子が頷かない理由が、また増えてしまう。


「……とりあえず、僕たちの歌のシーンだけでも撮っておこうよ。嫌がる一般人に、無理はさせられない」


 洸の言葉を聞いて、亜子は他人に迷惑をかけていることに気付いた。


 自分が頷けば、すべて丸く収まる。


 それは理解できているが、どうしても、壱との恋人ごっこがやりたくなかった。


「なあ、俺いいこと思いついちゃった」


 颯斗はにんまりと、なにかを企んだ笑みを浮かべる。


 視線の先には、亜子の姿。


 見つめられた亜子は、きょとんとしている。


「亜子ちゃんと俺たちで、疑似恋愛するってのはどう? 彼の妹なら、社長も許してくれるでしょ」
「社長が許しても、そんなの世間が許すわけないだろ」


 体育館から顔を覗かせた島崎が即座に却下し、亜子の中の罪悪感が増していく。


「……どんなものを撮るのか、聞くだけ聞いてもいいですか?」


 亜子が渋々言うと、亜子に対して感謝の空気が流れる中、壱だけが、ため息をついた。


「……お人好し」
「亜子ちゃんなら結果的に引き受けてくれるかもって言ってたのは壱でしょ」


 隣でそんな会話がされていたが、亜子は聞いていないフリをした。