その日、校内は浮かれていた。


 そんな中、一年二組に一人、その理由を知らないどころか興味すらない女子がいた。


「ちょっと亜子、人の話、聞いてた?」


 佐野綾芽は、百面相をしながらレシピ本を読む、片倉亜子を呼ぶ。


 亜子はレシピ本から視線を上げた。


「どうしましょう、綾芽ちゃん。どのお菓子も美味しそうです」


 それは聞いていなかったと言っているようなもの。

 綾芽は亜子の両頬をつねる。


「やっぱり聞いてないじゃない」
「痛いですよ、綾芽ちゃん。そんなに怒ってどうしたのです。クッキー食べますか? 落ち着きますよ」


 綾芽は手を離し、亜子から手作りのクッキーを受け取る。

 席に着くと、包装を解き始める。


「まったく……亜子は、芸能人とか興味ないわけ?」
「ないですねえ。テレビを見るより、お菓子を作る方が何倍も楽しいです」


 どう見ても本心で、綾芽はそれ以上は言わなかった。


 三枚ほどしかなかったクッキーは、あっという間になくなる。


 綾芽は空になった透明の袋を丁寧に折っていく。


「まあ、亜子の近くには芸能人並みのイケメンがいるし、余計興味ないか」


 亜子は首を傾げる。


「壱先輩だよ。亜子のお兄ちゃんなんでしょ?」


 壱の名を聞くと、亜子の表情が曇る。