肩の力を抜いて、握りこんでいた手の力をほどいた。
爪が手のひらに食い込んでいたのだろう。
指先の感覚が薄れているのに、ジンジン熱い。
靴を脱ぎ、自分の靴と乱れている母親のハイヒールもついでにそろえた。
カバンを置いて台所に立つと、袖を捲って食器洗いから始める。
ゴミをかき集め、衣服を洗濯機に入れてまわす。
"これ、今日の夜ご飯代"
そう書かれたメモの上には500円玉。
心臓なのか、心なのかはもうわからないくらい。
身体の中心が痛むのを感じながら、500円玉を握りしめて家を出た。
外はもう暗い。細い路地。切れかけた街灯。
アスファルトは所々ひび割れている。
自分の影だけを見つめて、石を蹴りながらコンビニまでの短くて気の遠くなる道のりを歩いた。
あの家でどうしてもご飯を食べたくなくて、近くの公園で梅干しと鮭のおにぎりを食べた。
数百円のお釣りは、貯金にまわそう。
そう考えながら、家路についた。
***
寝心地の悪い布団で寝返りをうつ。
壊れかけの目覚まし時計が鳴る前に起きた。
時刻は5時38分。
片目をすこし開けて、カーテン越しに外の光を探す。
薄暗そうな、夜ともいえない、うっすらとした紺色。
今日学校が終わったらアルバイトを頑張る。
毎日頑張って、頑張って、まずスマホを買う。
そして出来るだけ節約して、お金を貯めて。
高校を卒業したら、この家を出て、ひとりで生きていくんだ。
朝から妙に冴えた頭。
寝起きでこんなことを考えるなんて、自分の意思の固さに笑いすら出る。
長い髪の毛を櫛でとかし、制服に着替えて家を出る。
いつ帰ってきたのかわからない母が、ソファで寝ているのを横目で見ながら。
今日も天気がいい。
太陽の機嫌がいいみたい。
春の温かさを貫通して、すこし暑いくらいだ。
両手を空に向けて伸ばして、つま先立ち。
深呼吸をして、体内の酸素を入れ替える。



