「あらー、ずぶ濡れね。そんなところに突っ立っているから、通りにくかったの」

 先程、大廊下にまできこえてきた彼女の台詞と同じように言った。

「いったいなにごとですか?」

 そのとき、背中に鋭い声があたった。

 この険のありすぎる声は、シュナイト侯爵夫人に間違いない。

 振り向くと、あいかわらず古風なドレス姿で腰に手をあてこちらをにらみつけている。

「簡単なことですわ、侯爵夫人。場所を移動しようと花瓶を持って歩いている際にぶつかってしまい、花瓶の中のお水がかかってしまったのです。偶然にも、それが二度起きたというわけです」

 シュナイト侯爵夫人は、わたしのバレバレの嘘には耳を貸さないよう決めたらしい。全力で無視されてしまった。

「ヴァレンシュタイン公爵令嬢、シュレンドルフ伯爵令嬢。はやく自室に戻って拭きなさい。今朝の絵画のレッスンはここまでにいたします。お昼以降については、昼食時に通達します」

 シュナイト侯爵夫人は、わたしをにらみつけたまま宣言すると踵を返して広間を出て行った。

 彼女の靴の響きがきこえなくなると、だれかがホッと溜息をついた。

 もしかすると、自分の溜息だったかもしれない。