「どうしよう。モユリア樹脂に微小時間だけどオレっちの姿見られちゃったぜ」
 昇子の部屋に戻った摩偶真は苦笑いで四人に伝える。
「Oh my god!」 
「摩偶真お兄ちゃん、間に合わなかったんだね」
 サムと流有十はハハッと笑う。
「その後は何事も無かったかのように普通に接してるみてえだけどな」
 玲音はモニターに二人の映像を映した。
「幸いなことに森優さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の姿を見られても全く問題ないかもです」
 伊呂波は冷静に分析する。
「それじゃあさ……」
 摩偶真はあることを提案した。
      □
 あれから二十五分ほどのち、
「昇子ちゃん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」
「私これから見たい番組があるんだけどなぁ」
「ダメダメ、テスト終わるまで我慢だよ」
お風呂から上がってパジャマを着た森優と昇子は、いっしょに昇子の自室へ。
「ショウコイルゥ!」
「うひゃあああっ!」
 入った瞬間、昇子は思わず仰け反った。
 五人全員、テキストから飛び出していたのだ。
「ちょっ、ちょっと、あっ、あの……」
「あらまっ、男の子がいっぱいいるね。女の子も一人」
 森優は素の表情で的確に突っ込んだ。
「いとうつくしきかたちなる森優さん、初めまして。わらわは昇子さんに国語を教えている山際伊呂波です」
「ぼく、数学担当の三分一流有十だよ」
「アイアムクルスサム。Englishをレクチャーしてるよ」
「長宗我部・フェリペ・玲音だ。社会科担当だぜ」
「理科の原子摩偶真なのだ」
 教材キャラ達は陽気な声で、森優にごく普通に自己紹介した。
「あっ、あっ、あっ、あのう……」
 昇子はかなり焦る。
「はじめまして。わたし、安福森優です」
 森優は爽やか笑顔で教材キャラ達に自己紹介して、ぺこんと頭を下げた。
「昇子ちゃんの家庭教師さん?」
 続いて昇子の方を向き、興味深そうに問いかける。
「まっ、まあ、そんな、感じ」
 昇子は焦り顔で説明した。
「オレっち達みんな、この教材の中から飛び出て来たのだ」
 摩偶真はあのテキスト五冊をピッと手で指し示す。
「そうなんですかぁ。すごいですねぇ!」
 すると森優は目をきらきら輝かせ、五人の方へぴょこぴょこ歩み寄った。
「もっ、森優ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」
 昇子は驚き顔で問いかけた。
「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本の進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」
 森優はとても嬉しそうに伝える。
「そっ、そう?」
 昇子はかなりホッとした。
「摩偶真さん、森優さんにあのことを謝っておきなさい」
 伊呂波は困惑顔で命令する。
「うっ、うん」
「えっ、摩偶真くんわたしに何か悪いことしたっけ?」
 森優はきょとんとなった。
「オレっち、モユリア樹脂のお部屋にこっそり忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。ごめんなさい」
 摩偶真は土下座姿勢で謝罪の言葉を述べた。
「なぁんだ。そんなことかぁ。いいの、いいの、わたし、全然気にしてないよ」
 森優は爽やかな表情で言う。
「ありがとうございます。モユリア樹脂」
 森優の寛容さに、摩偶真は深々と頭を下げ感謝の意を表した。
「今夜はみんなでいっしょにテスト勉強しよう。七人でやるとすごく楽しそう」
 森優は嬉しそうに提案する。
「OK.ボクもたまには他の教科もラーニングしてみたいからね」
「もちろんいいよ。ぼくもいろんな教科勉強して、もっともっと賢くなりたいから」
「わらわも勿論参加致します。数学と理科の苦手意識をほんの少しでも無くしたいですし」
「オレっちもいっしょに頑張るぜ。ショウコイルとモユリア樹脂だけに九教科も学ばせるのは不公平だからな」
「洸君も専門バカにならないように幅広い教養を身につけた方が良いとおっしゃられていたから、おれさまもしぶしぶ参加してやるぜ」
 教材キャラ達は快く承諾した。こうして七人で副教科も含めた全教科の重要項目をそれぞれ十五分から二〇分ほど軽く勉強していき、あっという間に日付が変わる頃になった。
「昇子お姉ちゃん、森優お姉ちゃん、おやすみなさーい。ぼく、いろんな教科が学べて知識も増えて楽しかったよ」
「おやすみ、ショウコイル、モユリア樹脂。太陽の中心のように暑い夜を楽しんでね」
「おやすみなさいです」
「グッナイ! See you again,モユちゃん」
「昇子君、森優君。おやすみ♪」
 教材キャラ達は就寝前の挨拶をして、テキストに飛び込む。
「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。昇子ちゃん、とってもいい子達だね」
森優は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。
「あの、森優ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」
「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」
 森優がこう言ってくれて、昇子はホッとする。
「あの、森優ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、私と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ」
「それは嫌だよ。わたし、昇子ちゃんと同じお布団で寝るぅ!」
 この要求は、森優は受け入れてくれなかった。昇子は当然のように困惑してしまう。
「じゃあ私は、床で寝よっかな」
「ダメだよ。そんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのはわたしと昇子ちゃんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」
 森優はそう伝えると、
「じゃーん、これ見て。昇子ちゃんに取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」
 トートバッグからそれを取り出し、敷布団の上に置く。
「それも、持って来てたんだね」
 昇子は苦笑いを浮かべながらも、なんだか嬉しくも思った。
「昇子ちゃんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」
森優はおかまいなしに、いつも昇子が使っている夏蒲団に潜り込む。
「わっ、分かった」
 昇子はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込んだ。
「おやすみ昇子ちゃん」
「……おやすみ」
 そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、森優の寝息がスースー聞こえて来た。
「ねっ、眠れない」
 昇子は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。
 それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。
間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。
「ショウコイル、今、交尾する絶好のチャンスだぜ」
「うわぁっ!」
 摩偶真が突然目の前に現れ、昇子はびくーっと反応した。
「モユリア樹脂の寝顔、とってもかわいいでしょ?」
「たっ、確かにかわいいけど……」
 昇子は森優の寝顔をちらっと覗いてしまった。
「まず手始めにパジャマを捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」
「そんなこと、出来るわけないでしょ」
「ショウコイル、草食動物みたいだな。同性同士でそんなんじゃ三次元の男と交尾出来ないぜ」
「摩偶真君!」
「あいたぁ!」
 突然、玲音に背後から頭を叩かれた。
「すまねえ昇子君。摩偶真君がご迷惑おかけしたようで。すぐに引き戻すから」
「あーん、レオングストローム。もう少しだけぇー」
「ダメだ、昇子君困ってるだろ。摩偶真君は、今夜はおれさまと寝るんだっ!」
「やっ、やめてぇぇぇ~」
 玲音は嫌がる摩偶真を、自分のものと同じ社会科のテキストに押し込めた。
「それじゃ、おやすみ昇子君。摩偶真君のことならもう心配ないぜ。自分用のテキスト以外からは、自ら脱出も侵入も出来ねえからな」
 玲音はにこにこしながらこう告げて、社会科のテキストに飛び込む。
そんな仕様もあったんだ。よかった♪
 昇子はこれで一安心する。布団に潜り込もうとしたら、
「あの、昇子君」
「うわっ!」
 再び玲音が飛び出して来た。昇子は少し驚く。
「今日、というか時刻的にもう昨日だけど、森優君っていう昇子君以上に臭いメスブタがいたから体罰は控えてやったけど、また今日から復活するからなっ♪」
 玲音はウィンクして、再度テキストに飛び込んだ。
「……やっぱり。森優ちゃんを、メスブタ呼ばわりするのはやめて欲しいな。私は、玲音くんに言われるとなぜか嬉しく感じちゃうけど」
 昇子は苦笑いする。彼女は再び布団に潜り込んだが、やはり森優がすぐ隣に寝ていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。
     ☆
 朝、七時四〇分頃。
森優ちゃん、いないね。
 昇子が目を覚ました頃には、すでに森優の姿は無かった。昇子はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。
「おはようママ、森優ちゃん」
「おはよう昇子ちゃん」
「おはよう昇子、今朝の朝食、森優ちゃんも手伝ってくれたわよ」
「そうなんだ」
森優もすでに制服に着替え終えていた。
制服は持って来ていなかったので、一旦家に戻ったらしい。
「わたしは卵焼きを作ったよ。食べてみて」
「美味しそう♪ いただきます」
 昇子は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。
「けっこう、甘いね。私の好みだよ」
 いつもの母の作る塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいな♪」
森優は満面の笑みを浮かべる。彼女も昇子と同様、甘党なのだ。