「昇子、期末テストも主要五教科四〇〇なかったら、分かってるわよねぇ?」
六月二六日、水曜日。期末テストまであとちょうど一週間に迫った本日。部活動も禁止のため普段より二時間くらい早い四時前に帰宅した昇子は、母から爽やかな笑顔で問いかけられる。
「烈學館行きと本を捨てるってやつでしょ」
「その通りよ。ちゃーんと覚えててえらいわ、昇子。そうならへんように頑張りや」
「はいはい」
 昇子はちょっぴり不機嫌そうに生返事してリビングをあとにし、自分のお部屋へ。
「昇子君、いよいよ期末テスト一週間前だな」
「ショウコちゃん、テスト前はテンション上がるよね」
「昇子お姉ちゃん、今日からはさらに本気出して数学頑張ろう」
「ショウコイル、理科は普段あまり勉強してくれないからここでいっぱい勉強しようぜ」
「昇子さん、今日からは家庭学習時間を二時間増やしましょう」
 教材キャラ達は普段以上に機嫌良さそうだった。
「分かってるよ。期末は副教科もあるのが面倒だなぁ」
「副教科も頑張らなきゃダメです。内申点に大きく響くので」
 今日の帰りのSHRで配布された、期末テスト日程範囲表を眺めつつため息まじりに呟いた昇子に、伊呂波はきりっとした表情でエールを送る。
「そうなんだよねぇ」
「日程はJulyの三、四、五か。今度のSaturday,Sundayはショウコちゃんをconfinementだね」
「つまり土日は幽閉されて勉強漬け、外出禁止ってことだ。覚悟しとけよメスブタ」
「えっ、でも今週の土曜は毎月買ってるアニメ雑誌の発売日なのに」
 サムと玲音から告げられたことに、昇子はどぎまぎする。
「そんなもん、テスト終わってから買えばいいだろ」
 玲音は不機嫌そうな表情でこう意見した。
「でも、きっと売り切れちゃうよぅ」
「ショウコちゃん、雑誌に萌えキャラを求めなくても、ボク達がいるじゃない」
 サムはウィンクする。
「確かにあなた達はアニメの萌えキャラに匹敵、いや凌駕するくらいとっても魅力的だけど、実際に放送されてあるアニメのキャラじゃないと話題性が……あと、見たい新作アニメの放送開始日とも見事に重なってるよ」
昇子はかなり不満そうにした。
「それもテスト終了後のお楽しみということでー」
 サムに突っ込まれる。
「気になって余計勉強に実が入らないかも」
「そういう子はたとえアニメが無くても何かと理由を付けてそう言うものです。昇子さん、期末試験は内申書に大きく響く一大イベントですので、一生懸命頑張りましょうね」
 伊呂波は真剣な眼差しでエールを送る。
「分かったよ。テスト終わるまで我慢するよ。主要五教科の総合得点で四〇〇点以上取らないと、ママに塾へ行かされるし」
「Oh,no! ショウコちゃんのマミーはデビルだね。ショウコちゃん、これはますます本気出さなきゃいけないね。塾なんかに行かされたらボク達と付き合える時間が減っちゃうもん」
「うっ、うん」
 こうして昇子は椅子に座るというか、ギラギラした目つきのサムに力ずくで座らされる。
「美術は漫画を習ってるんですね。わらわも昇子さんといっしょに授業受けたいな」
 範囲表を眺め、伊呂波はちょっぴり羨んだ。
「私の好きな分野だから、良い点取れそうだよ。技術も今習ってるのは情報とコンピュータだから、得意分野で助かってる」
「ショウコイル、期末テストで主要五教科楽々四〇〇を超えれる裏技があるぜ」
「そんな方法が本当にあるの!?」
 摩偶真から突然告げられたことに、昇子は驚き顔で問う。
「うん。職員室に忍び込んで問題を盗み出せばいいのだ」
「そっ、そんなことしたらダメに決まってるでしょ」
 摩偶真の説明に、昇子はすぐに突っ込んだ。
「摩偶真君、高校だったら退学に値する行為だぜ」
「あいだっ!」
 玲音に頭をゴチッと思いっ切り叩かれ、
「カンニングは厳禁です。試験は正当な方法で臨まなければなりません!」
 伊呂波に険しい表情を浮かべられ、
「ごめんなさぁーい」
 摩偶真は慌ててぺこんと頭を下げた。
本当はやりたいけどね。
昇子がこう思ってしまったその時、
 ピンポーン♪ といつもの朝のように、玄関チャイムが鳴らされた。
「昇子ちゃん、おば様。こんばんはー」
 森優がやって来たのだ。
やっぱり来たよ。
 昇子は気まずい心境になった。テスト直前になると森優は毎回、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている森優の習慣となっている。
「昇子ぉ、森優ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃぁい」
「はいはい」
 母に大声で叫ばれ、昇子は部屋から出て階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「昇子ちゃん、今日はお泊りするね」
「えっ!!」
 森優からの突然の発言に、昇子は目を大きく見開く。
「昇子、よかったわね。今夜森優ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」
 母はにこやかな表情で伝えた。
「昇子ちゃん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可はちゃんと古塚先生に取って来たよ」
「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても」
 昇子は困惑する。
「だってわたし、久し振りに昇子ちゃんちでお泊りしたくなったんだもん。英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ。わたしもやりたいなぁって思ったの」
 森優は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子であった。
「そんな理由かぁ」
 昇子は納得出来たが、やはり困っている。
「森優ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
 母は温かく歓迎した。
「はい、お世話になります。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」
 森優は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、昇子のお部屋へ向かって行った。
「あっ、ちょっと待って、森優ちゃぁーん!」
 昇子は大声で叫んだ。しかし森優は聞く耳持たず、昇子の自室に入ってしまった。
 これも毎度のことなのだ。
「どうしたの? 昇子。今回はやけに慌てて。昇子が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」
 母はにやにやしながら尋ねて来た。
「確かにそうだけど」
 昇子はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。
 自室の扉を開けると、
「昇子ちゃん、かわいいお人形さん、また増えたね」
 森優はちょっぴり前傾姿勢になって専用ケース上をじーっと見つめていた。
よかったぁ。あの子達の姿は、見られてない。
 昇子はホッと一安心する。
「昇子ちゃん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」
 続いて森優は、机の上や引出を物色し始めた。
「全部揃ってるよ」
 昇子はそう答えると、机の上の本立てからファイルを取り出す。教科毎にきちんと分けられ七冊あった。
「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね、昇子ちゃん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」
 一冊ずつ捲って確認してみて、森優は大いに褒めてあげる。
「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」
 昇子はちょっぴり照れ気味。あの子達の指導のおかげだし、と彼女は心の中で思っていた。
「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。そういえば昇子ちゃん、通信教育始めたんだよね。あっ、これだね。イラストすごくかわいいね。わたし、こんなイラストのTシャツがあったら着たいよ」
 森優は床に置かれてあった英語のテキストを拾い上げ、表紙をじっと眺める。
「そっ、それは……」
 昇子の表情は凍りつく。
「昇子ちゃん、ちゃんとやってるね」
三〇秒ほど見つめた後、森優はページを捲り始めた。
「えっ、あっ、うっ、うん。ちゃんと毎日続けてるよ」
「えらいよ、昇子ちゃん。授業中も最近はいつも真面目にノートを取るようになったし、期末テストでは良い点取れそうだね」
「うっ、うん」 
 昇子は背中から冷や汗を流しながら適当に頷く。
あの子達、飛び出してこないでしょうね?
と、昇子はかなり心配になっていた。
「じゃ、夕飯までいっしょにテスト勉強始めよう」
「うっ、うん」
 昇子が椅子に座ると、
「昇子ちゃん、もう少し詰めてね」
 椅子の僅かなスペースに、森優が座ってこようとして来た。
「あの、森優ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
 森優はそう言うと、昇子の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
 昇子はベッドの上に座らされる。
「ベッドふかふか~、わたし、今夜は昇子ちゃんと同じベッドで寝るね」
 森優はうつ伏せになって足をパタパタさせながら言う。
「ダッ、ダメだよ。引っ付くと暑いし」
 昇子は嫌がる素振りを見せる。
「あーん、お願ぁい」
「でもぉ」
「昇子ぉ、森優ちゃぁん。夕飯出来たわよー」
 気まずい雰囲気を打ち消すかのように、母に叫ばれた。
 二人はキッチンへと向かっていくと、
「今夜は森優ちゃんの大好物よ」
 母から機嫌良さそうに伝えられた。夕飯のメインメニューは、ハンバーグステーキだった。
「わぁーっ。とっても美味しそう。ありがとうございます、おば様。わたし、貧血で倒れて以来、苦手な緑黄色野菜を日々たくさん摂ろうと心掛けてるんです。ハンバーグは最適ですね」
 森優は満面の笑みを浮かべる。
「昇子も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」
「だって酸っぱいし」
「昇子ちゃん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」
「私、柑橘系は絶対好きになれないな」
 昇子は苦笑いで主張し、椅子に座った。
「森優ちゃんはここに座りなさい」
 母は微笑みながら、昇子の向かい側の椅子を差した。
「はい、失礼します」
 森優は嬉しそうにその場所に座る。
 そこ、ママの席なんだけどな。
 昇子はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。
 十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、
「ただいまー」
 父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。
「おじゃましてます。おじ様」
「やあ森優ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって」
「おじ様ったら」
 森優は頬をほんのり赤らめた。
「ハハハ」
 父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングの方へ。
「森優ちゃん、お風呂ももう沸いてるから、このあとどうぞ」
 母は笑顔で伝える。
「ありがとうございます。でも、昇子ちゃん先にどうぞ。わたし、夕飯のお片づけを手伝うから」
「あら悪いわね、森優ちゃん」
「いえいえ」
「じゃあ、先に入るね」
 昇子は夕飯を平らげると椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
すっぽんぽんで風呂イスに腰掛け髪の毛を擦っている最中、
「ショウコイルゥ!」
摩偶真が湯船から飛び出して来た。
「もう、摩偶真くん。私の入浴中に入り込んでくるのはやめようね」
 昇子は優しく注意する。こういうことが度々あり、昇子はもはや驚く様子は無かった。
「まあいいじゃん。生モユリア樹脂、本当にかわいいね。生殖器と内臓のみならず細胞レベルまで観察したいくらいだぜ。ねえショウコイル、今夜はモユリア樹脂とベッドの上で百合プレイ的なことするんでしょ? あの漫画みたいに」
「……何言ってるのよ。すっ、するわけないでしょ、そんなこと」
 にやにや顔で質問してくる摩偶真。昇子は焦り顔で即否定した。
「ショウコイル、つれないなぁ。パートナーを大切にしてあげなきゃダメだぜ」
「大切にするってそういうことじゃないでしょ」
 摩偶真の意見に、昇子が迷惑顔で反論していたその時、
「おじゃまするね、昇子ちゃん」
 浴室扉がガラガラッと開かれた。
「うわぁっ!」
「ゲッ!」
 昇子と摩偶真はびくーっと反応する。
 森優がすっぽんぽんで入って来たのだ。
「あれ? 男の子……」
 森優は摩偶真の方に目を向けた。
「やっべ」
 摩偶真はこう呟くと、一瞬で姿を消した。
「ねえ、昇子ちゃん。さっき素っ裸で銀髪の男の子がいなかった?」
 森優はきょとんした表情で尋ねてくる。
「きっ、きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」
 昇子は慌てて説明すると、
「……そうだよね? まあ、いいや。昇子ちゃん。お背中流すよ」
 森優はあっという間に素の表情へと戻り、何事も無かったかのように昇子に接する。
「あっ、ありがとう」
「どういたしまして。わたしと昇子ちゃん、二人きりで入るのは、二年振りくらいだね」
「そっ、そうだね」