渉さんは棘のある言葉で、電話の向こうの人に反抗している。
何かトラブルでもあったのかと様子を伺っていると、彼は舌打ちをした後乱暴電話を終えた。
「急用が入った、俺はこれで失礼する。つむぎ、さっきの約束は必ず忘れないでくれよ」
「えっ」
彼が言う約束とは、次に会うときに泊まるという内容だろう。
夫になる人とはいえ、強引すぎる。
でも、彼の言うことを聞くことがお金で買われるということなのだろうか。
素直に返事ができないでいると、渉さんが「返事は?」と強い口調で畳みかけてくる。
渋々頷く私に、大きなため息を吐いて彼は歩き出してしまった。
隣にいる黒瀬さんになんの挨拶もせずに、だ。
「申し訳ございません。渉さんがロクに挨拶もせずに、ご無礼を」
振り返って、黒瀬さんに深々と腰を折る。
一応妻になる身ということで、代わりに謝らなければと思ったのだ。
「私のことはお気になさらず。それにしても……可愛らしい顔がお辛そうですか」
黒瀬さんは眉を顰め、一歩、私に近づく。
おだやかな春風に乗って、彼のスパイスが効いた香水の香りが鼻腔を撫でた。



