エリートパイロットは没落令嬢を惜しみない愛で包む

〝黒瀬〟という苗字が聞こえてきて、はたと動きを止める。
今、黒瀬って言った?
機内アナウンスに耳を澄ませ、息を止める。
大きな心臓の音を聞きながら、必死に久斗さんの声を思い出そうとした。

この声、なんとなく似ているような気がするけれど……いやいや、絶対にありえないよね。だって機長でこの飛行機に乗っているわけがない。

彼はJAR航空の執行役員だ。乗客として機内に乗ることはあったとしても、飛行機を操縦することはない。それに、黒瀬っていう苗字は日本にごまんといるだろう。

言い聞かせているうちに、機内アナウンスが終わってしまった。
いくら久斗さんのことが忘れられないからって、ちょっと妄想しすぎかな。私。
少し冷静になり、飛行機の揺れに身を委ねる。
しばらくして飛行機は無事に羽田空港を飛び立った。

「――……お飲み物はいかがなさいますか?」
飛行機が安定して飛行を始め、機内サービスが始まる。
お願いしたオレンジジュースを受け取り、鞄に忍ばせていた漫画を取り出した。
父はすでに、ブレイクタイムを楽しんでいて、私のことはまったく気に留めていない。
他の乗客も各々リラックスした様子で、映画を観たり音楽を聞いたりしている。
「待ちに待ったこのときがきたのね……」