一口コーヒーを飲むと、コーヒー独特の苦味が口の中に広がっていく。だが、桜士はコーヒーを「おいしい」と思えなかった。ただ、疲れと眠気にぼんやりとする頭をスッキリさせるために飲んでいるような感覚である。

(おいしいコーヒーと言えば……)

桜士はあの日のことを思い出す。榎本総合病院で産婦人科医として働いていた折原藍(おりはらあい)の葬儀の後、一花と入ったカフェで飲んだコーヒーはおいしかった。

(まだあの約束、守れていない)

あの日、一花は落ち込んでおり、おいしそうなパフェやパンケーキを食べることができなかった。そのため、後日二人でまた来ようという約束をしていたのだが、お互い忙しく行けていない。

「四月一日先生を、助けたい」

缶コーヒーを持つ手が震える中、桜士は言う。桜士の方を見た十は、その目を大きく見開いた。

「俺のせいで四月一日先生がこんな目に遭っているんだ。このまま、休んでなんていられない。四月一日先生を助けられないのなら、俺はここにいる意味はない」