(――あぁ、ちゃんと温かいじゃないか)
 蝋人形などではない。アリッサの唇は柔らかく、女性特有の蜜の香りがリシャールを誘う。
 リシャールはそのまま彼女の身体を暴く……つもりだったが、できなかった。
 彼はたしかに性悪だが、育ちはいい。非道な鬼畜にはなりきれなかった。
「そういうことだから、覚えておくように」
 くるりと身をひるがえし、捨て台詞を残して部屋を出た。
 ぱたりと扉を閉めた彼はようやく、自分が彼女の前では仮面を外していることに気がついた。扉に背中を預けたままズルズルと床にへたり込む。
(――どうかしている)
 なぜ、こんなにも彼女が気になる? アリッサがなにを好きでなにを嫌いだろうが、リシャールにはどうでもいいことのはずなのに。
 彼女が笑顔を見せてくれないことが、リシャールの心に夜毎小さな傷をつけていた。今夜、その無数のひっかき傷からとうとう血が噴き出してしまったのかもしれない。