「ちょっと待て。何してるんですかあんたは」

「あ、黒藤さん。お久しぶりです」

眠りについてすぐの夢と現(うつつ)のはざまの世界で、黒藤はちょっと前に関わった霊体に遭遇してしまった。

最後の神祇(じんぎ)神宮にして、名を神宮美流子(じんぐう みるこ)。

神宮美流子は、以前別れた時とは違う、雪色に薄い小桜模様の浴衣のような軽装で、黒藤は眠ったときと同じ寝巻用の浴衣に家でよく使っている紺の羽織姿だった。

夢の世界だから寒い暑いはない。

風景もなく、白くぼんやりした世界だ。

神宮美流子は目に見えない腰かけにでも座っているような格好で、胸の前あたりにゆうらりと浮かぶ水面に手をかざしている。

遠目ながら黒藤には、そこに何が映っているかわかった。

黒藤が呼びかけると、神宮美流子は少しだけ黒藤の方を見た。

「本当に朝間夜々子の守護霊になったんですね……」

「はい。お願いしたらすぐにいいよって言われましたわ」

お願いって……。誰にしたかは訊くまい。きっとあの人だ。

朝間夜々子は、神宮美流子の夫だった人の幼馴染で、神宮美流子にとっては親友らしい。

神宮美流子には娘も弟もいるが、夫や娘や弟より、親友の守護霊になることを望んだということだ。

「脅しましたか」

「否定はしません」

……にこにこしているが、くせ者揃いの神祇の中でも最高位の神宮家の末裔。性質悪い。

「……水鏡(みかがみ)も習得したんですね」

黒藤は神宮美流子を見ながら言う。

その手をかざして発動させているのは、現世をうかがい見る水鏡だ。

「ええ。なんとなくですが、こういうものの勝手はわかっていますから」