さくらの記憶

「さくらちゃん!」
「北斗さん、あそこ!」

駆け寄って来た北斗は、さくらが指を差した先を見上げて息を呑む。

「2階の、書斎?なぜあそこから火が?」
「いいえ、屋根よ。屋根に火をつけられたの」
「放火ってことか?」
「ええ。きっと、あの部屋を燃やそうとして……」
「……くそっ、証拠隠滅が目的か」

北斗が疑っていた通り、おそらく会社の金を横領した犯人が、北斗が持ち帰った書類データを燃やしてしまおうと火を放ったのだろう。

空気が乾いていることもあり、火はあっという間に屋敷の中央へと広がっていく。

「消防車はまだなのか?」

北斗が苛立ったように遠くを見た時だった。

「桜の木が!」

悲鳴のような声でさくらが叫んだ。

見ると、屋根に触れそうなほど伸びた桜の枝に、火が燃え移ろうとしている。

「だめ!」

さくらは木のそばに駆け寄ると、両手を幹に当てて目を閉じた。

大きく息を吸い込むと、ぐっと両手に力を込める。

「お願い、力を貸して……」

すると、風が下からふわっと吹き始め、桜の木の枝を揺らす。

「お願い、もっと……」

さくらの額に汗が滲む。

風は徐々に強くなり、木の枝の1本1本にまで行き渡ったかのように、大きく揺れ始めた。

ザワッと大きな音を立てて、うねるように大量の枝がしなり、燃え移ろうとする炎を避けるように風を起こす。