さくらの記憶

「あの、本当によろしいのでしょうか?私までお宅に泊めて頂くなんて…」

帰りの車の中で、栗林が不安げに北斗に声をかける。

「もちろん、大歓迎ですよ。と言っても、なんにもない所ですので、どうか期待なさらず」
「いえいえ、そんな。助かります。ホテルを予約しようと思ったのですが、その、とてもここから遠くて…」
「あはは、そうですよね。この近くにホテルなんてありませんから」

そんなことを話しているうちに、北斗の屋敷に着いた。

「さあ、どうぞ。何もない所ですが、どうぞ気兼ねなくのんびりしてくださいね」

北斗が栗林を玄関に案内する。

「おじい、帰ったぞ」

北斗が奥のリビングに声をかけると、パタパタと足音が近づいてきた。

「待っとったぞー、さくらちゃーん!」

両手を広げた祖父は、北斗の隣の栗林を見て一気に真顔に戻る。

栗林に至っては、驚きの余り固まっていた。

「おじい!取引先の方だぞ?話しておいただろう!」
「そ、そうじゃった。すまんすまん。いやー、こんな田舎へようこそお越しくださった。さ、どうぞどうぞ、中へお入りください」

栗林は、はい、失礼致しますと言って、靴を脱いで上がる。

すると、栗林の後ろにいたさくらに気づいた祖父が、また高い声を出した。

「さくらちゃんー!待っておったぞー!」
「おじいさん、お久しぶりです!お元気そうで良かった」
「元気に決まっておる。さくらちゃんがうちにお嫁に来てくれたんじゃぞ?わしはあともう50年は生きられるぞ!」
「おじい、落ち着け。自分の歳を思い出せ。それに、さくらはまだここには越して来ない。明日には帰るんだぞ」

な、なんと…と、祖父はよろめく。

「おじいさん、来年の4月には引っ越して来るからね」

さくらが手を握ってそう言うと、祖父も握り返してくる。

「分かった。待っとるからな。頼むから気が変わらんでくれな。たとえ北斗と別れても、ここには越して来ておくれ」
「おい、おじい!いい加減にしろ!栗林さん、すみません。どうぞ中へ入ってください」

栗林は、ククッと笑いをこらえながら北斗に続いてリビングに入った。