ふふふっ、あったかいなあ。
 はわ〜、春ですね〜。
 ほわほわいい気分いい天気、陽ざしがぽかぽかですよ〜。
 めっちゃ眠くなってきちゃった。
 生物の授業は睡眠の魔法のごとし……。今は先生のダミ声も魔法世界のファンタジーな珍獣の泣き声のようにBGM化してる。
 目がとろ〜ん、まぶたが勝手に閉じていくう。
 ……はっ、まずい、寝ちゃいそう。
 半分眠りかけてきたから、景色を見て気分転換だよ!

 もう葉桜になり始めたけど、学校の校庭の桜はピンク色と緑色ですごく綺麗です。
 枝から出たばかりの葉っぱは鮮やかでなんだか眩しい。

 私の席、教室の窓からは桜の木や校庭がよく見えるんだよ。

 ああ、私の隣の席の相澤《あいざわ》くん。
 相澤くんも近くによぉく見える。
 いつも澄まし顔であんまり笑わない、塩対応な相澤くん。
 ……学校では。

 相澤くん越しに、私は風に吹かれて揺れる葉っぱ、若葉が美しい桜並木を眺めてる。
 若草、黄緑、花もえぎ……、生物の副教材の植物図鑑に並ぶ和名や草花の色の説明を、ぼんや〜り眺める私。
 和名って風流だね。

「桜、だいぶ散っちゃったなあ……」
「なに、あんた。まだ葉桜になっても見惚れてんのかよ?」
「ええっ、そりゃあ見るよ? 眠いし。気分転換して起きようと頑張ってるのです」
「あんた、どさくさに紛れて桜より俺のこと見てねえ?」
「みっ、見てなっ……。見えてたかも……?」

 うん、そうなの、見てた。
 相澤くんのこと見ちゃってた。
 だってお隣りの席だもん。

 私、葉桜に移りかわった桜と相澤くんを一緒にいつの間にか見てたなあ。
 こっそりのつもりだったのに、バレバレだったか〜!
 これは、ご、誤魔化せないかな?

「私! 私は相澤くんじゃなくって校庭の桜だけをズームアップして見てるの!」
「桜だけ、かあ?」

 しまった!
 顔に出てたかな?

「相澤くんってさ、簡単に友達の私に『好きだ』とか言っちゃうわりに塩対応だよね」
「はあ〜? 簡単に? 友達ってお前……」
「そ、そうだよ、友達って言ったじゃん! あんな顔して『好きだ――』とか言ってきてえ。相澤くんって軽いし、塩だし」

 私、この間のバイトの日、相澤くんに「好きだ――」って言われた。
 でも、私の早とちりだった。
 あの好きって、恋の好きじゃなくって。
 夜桜が綺麗でロマンチックでつい雰囲気にのまれちゃったのかも。

「あのあと『馬鹿っ! 勘違いすんな。友達としての好きだ』とか言われても、相澤くんが実は優しくってイケメンで横顔が綺麗で格好いいから、あやうく恋しそうになるじゃんっ! 私、無駄にドキドキして損したんだから」 
「ぷぷっ……。そうだな、友達って言ったわ、俺。へえ、どんな勘違いしたんだ、お前? ばあか、あんたすぐにテンパって面白いからさ、からかったんだよ」
「ひ、ひどい、相澤くん。塩、塩、唐辛子! もはや唐辛子男子っ! じゃなかったらかっこいい鬼、イケメンすぎる悪魔っ!」
「ふははっ、俺が唐辛子かよ。かっこいい……ふーん」

 ふーんと言って、相澤くんは私から視線をそらして窓の外を見た。
 肘をつきながら、男らしい大きな手でほっぺを隠そうとする。
 私の方を見ないでそっぽを向いちゃった。
 ……怒ってないよね? 相澤くんったらさ、顔、真っ赤だもん。
 なんで? 照れてるのかな? 相澤くん。
 ちょっ、ちょっと可愛い。

「ああ、俺は唐辛子かもなあ。……不器用だし」
「ごめん、私。言い過ぎたね」
「べつに。……満開の桜も散ってる桜も良かったけど葉桜も、鮮やかで綺麗で俺は好きだ。 (……あんたのことも好きだよ)
「相澤くん、チャイムで聴こえないよ。なんか言った? ねえ、ランチ一緒に中庭のベンチで食べない?」
「いっ、行かねえよ! ……お前、騒がしいから話しかけんな」

 むっかあ、なによっ!
 仲良くなってきたきたし、せっかくランチのお弁当一緒に食べながらもっと相澤くんとおしゃべりしようと思ったのに。

「神楽《かぐら》さん、良かったら一緒にお昼ごはん食べない?」
「あ、我妻《あづま》さんっ」
「前から神楽さんとお話してみたかったんだ〜」
「えっ、ほんと!? ありがとう! ……ねえ、相澤くんもやっぱ一緒に……」
「俺は行かねえ! いい加減俺のことなんて放っておけよ」

 なに、この塩対応はっ!
 相澤くん、相変わらず学校では無愛想なんだから。

 そりゃあ私もついつい、相澤くんに学校では馴れ馴れしくすんなって言われてるのに、いっぱい話しかけちゃうけど。
 そんなに鬼の形相で断らなくってもいいじゃない?
 相澤くんは、やっぱ鬼じゃん。ううっ、なんか悔しい。
 せっかく我妻さんに誘ってもらったし、……私は行くけど〜。

「ふふっ、仲が良いんだね。神楽さんと相澤くんって」
「コイツなんかと仲良くねえよ!」
「……だそうです」

 ……もうっ、ぷいってそっぽを向いた相澤くん、相変わらずの定番の塩〜。
 でも、悔しいぐらい綺麗な横顔してんだよな〜。
 日頃の無愛想な態度が消え失せちゃうぐらい。


     🌸


 突然ですが、いつも塩対応な相澤くんとスキーの日帰り旅行に行くことになりました。やったあ!
 私、パパとママと一緒だけど、相澤くんとお出掛けできるのですっごくドキドキしてます。
 ああ、相澤くんってね、うちの家の本屋さんでバイトをしてるんだ〜。

 春スキーが出来るスキー場まではうちからうんと遠いから、夜中の出発になるの。
 夜通しパパが運転して朝早くにスキー場に着いたら、リフトとかゴンドラが動く時間まで仮眠室で仮眠を取る予定なんだって。

 うちのワゴン車に相澤くんが乗ってるって変な感じだ。

「スキー場で飲む朝の珈琲がまた美味いんだよな」
「そうそう、とってもね。あと、朝焼けも綺麗よね〜」

 パパとママの会話は弾む。普段も今も二人でけっこうイチャイチャしてるけど、相澤くんの前ではやめてよね。
 
 パパとママは運転席と助手席で、私と相澤くんが真ん中の席。
 後部座席にはスキーウエアとか荷物が乗ってる。

「俺も一緒で良かったんですか?」
「もっちろん。良いの、良いの。俺も相澤くんとゆっくり話してみたかったしさ」
「咲希のクラスメートですっごいイケメンですもんねえ。加えて相澤くんって働き者だし、笑顔が素敵な接客でお客さんにも人気だし。ふふっ、パパも気になるわよね〜」
「そ、それは……」

 そう、相澤くんはバイト中は素敵な笑顔を出し惜しみしない。
 学校での塩対応が嘘みたいに本屋さんではすこぶる愛想が良くって、ここ最近ではお客さんとしてくるおばあちゃんのファンが増えた。
 相澤くん効果で、うちの本屋さんの売れなかった分野の本の売上も好調らしい。
 お店を繁盛させるとは……、やるな、相澤くん。

「ねえ、パパ、ママ! 余計なこと、相澤くんには絶対に言わないでよね!」
「余計なこと? 俺に知られたくないことがあるのか?」
「ああ、高校生になっても咲希がいまだにぬいぐるみと一緒に寝てるとか?」
「……ぬいぐるみ? なんのですか?」
「もうっ! そういう情報いいから言わなくって!」

 相澤くんは私の顔をニヤニヤ意味深に笑いながら、じっと見てくる。
 車のなかで隣の席だから、やたらと近いんだよね。……恥ずかしいな。

「咲希さん。ぬいぐるみ、大事にしてくれてんの?」
「咲希《《さん》》?」

 私のこと、相澤くんは学校では「お前」とか「あんた」って呼んで、バイトでは「咲希」って呼び捨てにするくせに。
 今日はパパとママが一緒だから気にして「咲希さん」とかさんづけで呼んじゃったりして〜。
 なんかこそばゆい、かゆい、くすぐったい気分。

「相澤くんってけっこう気ぃ遣いなんだね」
「はっ?」
「だっていつもは咲希って呼び捨てに……もごっ」
「咲希《《さん》》、もう仮眠したら?」

 相澤くんは仮眠用に持ってきたひざ掛けと毛布を私に突きつけてきた。私を呼び捨てにしてるのをパパとママに知られたくないんだ〜? うふふっ、ちょっと可愛い。

「いいもん、本当にもう寝るから〜」
「ああ、寝ろ、寝ろ」
「相澤くんも仮眠しといてな。ああ、途中でトイレ休憩にサービスエリアに寄る時は起こしてあげるから」

 私と相澤くんはそれぞれ毛布を被った。
 寝ようかな〜っと思ったら、パパとママの会話とカーステレオラジオから軽快なJ-POPが流れてくる。

「パパ〜。深夜のお出掛けって……ワクワクするわね。あの日のデートを思い出すわあ」
「どの日かな〜? ママとはたくさんデートしたもんな〜」
「初めて二人で……」

 あー、もう恥ずかしくって耐えられない!
 相澤くんったらこんなイチャイチャな二人の会話を聞きながら寝れるとか、凄い寝つきが良いんだね。
 私は両親のラブラブっぷりには慣れてるけど、相澤くんが隣にいるかと思うと今更ながらもっとドキドキしてきちゃって眠れない。
 ぜんぜん、目が冴えちゃって眠くならない。

「なんだよ、寝れねえの?」
「ふえっ? 相澤くん、起きてたんだ」

 こそっと相澤くんが私の耳元で話してくる。
 寝てなかったんだ。

「俺寝そうだったけど、咲希の視線感じてた。……目を閉じてゆっくり深呼吸してみな」
「うん」

 相澤くんに言われたとおりにしたら、ちょっとドキドキが落ち着いてきた。
 ドキドキさせられてる張本人にそんなこと教わるのもどこか不思議だけど。

「寝れそうか?」
「……寝れる、と思う」
「寝不足でスキーとか、危ないからちゃんと寝ろよな。……おやすみ」
「……うん。相澤くん、おやすみ」

 私がちょっと身じろぎしたら、相澤くんと手と手が触れ合っちゃった。
 ドキ……ン!
 相澤くんが……私の手を、握る。
 あわわわっ! ど、どうしよう。
 きっと、私が寝つけないから落ち着かせてくれようとしてるんだよね。
 ……だって、相澤くんのぬくもりが伝わってきて、安心する。

 パパとママに見られたら困るから、私は相澤くんの手ごと毛布にしまった。
 ちょっといけないことをしてる気分で、胸の鼓動が早くなる。

     ⛷

 気づけば、いつの間にか眠っていた私。
 スキー場に向かう途中のサービスエリアでパパとママに起こされた。
 深夜なのに、土曜日のサービスエリアはけっこう混んでいた。
 トラックや大型バスもいたけど、うちみたいにスキー場に行くらしい車もいた。車にスキー板とかスノーボードとかくっつけてるから、たぶんそう。
 親子連れ、カップル……夫婦だろうか、夜中でもはしゃいだ雰囲気がしてる。

「ねえ、咲希。相澤くんとそこら辺ちょこっとだけ散歩してらっしゃいよ。この辺はまだ桜が咲き始めたばかりで綺麗なんですって。種類によっては満開の桜もあるかもよ?」
「良いの、ママ? パパ?」
「ちょっとだけだぞ。すぐに出発しないと朝までにスキー場に着けなくなるから。サービスエリアのそこに見えてる公園だけな。……相澤くん、咲希のボディガードよろしくな」
「ええ、はい」

 ちょこっとだけ相澤くんと散歩をすることになって、……嬉しい。
 ――だけど、めっちゃ緊張する!
 だって、だって、さっきまで手を繋いで寝ちゃってたわけで。

 とことこ公園を歩く。
 私は意識しちゃって相澤くんの方はあまり向けない。

「わあっ、ほんとだ。相澤くんっ! 桜だっ、桜が咲いてる。うちの方はもう散っちゃってるのにね」
「ああ、咲いてるな〜」

 立派な老木に桜が咲いていた。
 樹齢何年だろうか、とってもたくさん時を生きてきたんだろう荘厳な桜の木だった。ともすればさくらの精霊のおじいさんでも登場するんではなかろうか。
 そんな風にすら思えちゃう。
 魅惑的で妖艶ささえ感じられた。
 桜越しに雪をまだ残した山の連なりも見えて、真っ白な雪にピンク色の桜が絵画みたいに美しい。
 満開の花々は私が今まで見てきた桜のどの花びらより淡くて、一枚一枚がゆっくりと枝から舞い落ちた。

「歴史を感じるな〜、この桜」
「あっ、相澤くんもそう思う? すっごく綺麗だね」
「ああ、すごく綺麗だ。まだこんな満開の桜が見れる場所があるんだな。……なあ、咲希。俺、ちょっとお前に聞きたいことと話したいことあるんだけど」
「なになに? 相澤くんってばあらたまっちゃって」
「咲希。――お前。お前さ、誰か好きな奴いんの?」

 がーんっと衝撃があった。
 分かんない、相澤くんが。
 なぜか、相澤くんの突然の質問に動揺しちゃう。

 どう答えたら良いんだろう?
 私の好きな奴って、……気になってるのは、相澤くんな気がするけど。

「いるのか? ――好きな奴」

 もう一度繰り返された質問に、私は戸惑っていました。

 パパママが近くにいて親公認でも、相澤くんとの深夜の散歩はドキドキで、ちょっと悪いことをしている気分で。
 そして私に起きたのはドキドキが加速するような出来事。

 相澤くんの後ろの桜の大樹が風に揺れてる。
 私は真剣な眼差しの相澤くんの視線が痛かった。

 それからゆっくり近づいてきた相澤くんが私の頬に触れて「咲希。質問の答え、……聞かせて?」と耳元に囁いてきた。




   『相澤くんとまさかの日帰りスキー旅行!? 後編』へ続く