『緋色の織』を読んだのはその後。中学生に上がったとき、お母さんから読んでほしいと渡されて本を開いた。


 自分本位で、世界観に酔いしれた、独りよがりの文章。


 彼の書いた文章は、私の知っている彼とはかけ離れていた。


 正直に言って、彼の小説は恐ろしいほどにつまらなかったのだ。


 父親としての姿以外の全てがそこには詰まっていた。


 机にかじりつく後ろ姿。丸まった猫背。深く刻まれた目の下の隈。


 大きな手のひら。温かな手のひら。優しい手のひら。



 ――私の知っているお父さんは、一体どんな人だっただろうか?



 記憶はどんどん薄れていく。


 どんどん薄れていく。


 どんどん消えていく。


 残ってしまったのは、お父さんが自分のために死んで私達を残した事実だけ。



 なんか、わりと酷い人なんだなって。今でも少しだけお父さんのことを嫌いでいる。





「あ。おはようございます緋織先輩」

「……スイくん」



 眠りにつくときと同じ体勢でスイくんが目覚めを出迎えてくれた。


 柔らかく微笑みながら私の頭を撫でている。


 あぁ、だからあんな夢を見たんだ……。


 もうお父さんとスイくんを重ねることはなくなったけど、潜在的なところまでは覆せていなかったらしい。



「起きますか?」

「ん……まだこうしてたい」

「ふ、わかりました」



 お父さんのことを考えると、気分が落ち込んでしまう。


 せっかくの夏祭りと花火をこんな状態で楽しみたくない。


 もう一度寝て、一時的に忘れることにしよう。