だとすればすぐに家臣たちが追ってくるはずだし、朱花から聞かせられた生活は天下の将軍家のものとは思えないほどひどすぎるものばかり。
だからそうではないはずだ……が。
江戸から京まで“逃げてきた”と確かに言って、“逃げなくちゃいけない”とも言っていた。
「忽那くん、入っていいかな」
今井さんの声は、気が抜ける。
俺が入隊した当初から優しくしてくれる人で、この人が刀を持っているところが未だに想像できないほど。
「はい」と、静かに返事をすると、同じくらいの音で襖が開いた。
「ずっと看ていて大変だろう?少し僕が変わるよ」
「いえ。平気です」
「君は湯を浴びてくるといい。せめてその間だけでも、ね?」
「…わかりました。では、お願いします」
今の一瞬だ。
聞きなさい、黙って聞いていればいいのです───と、心に訴えかけてくる何かがあった。



