「俺が30歳ほどになったら……朱花はやっと出会ったときの俺くらいになるのか…、いや、もっと先か」
わたしが寝てしまったと思っているんだろう。
寝てないよ、起きてるよ。
だから今の弱々しい独り言だって聞こえていたよ。
普通じゃなくてごめんね、尚晴───…。
「そいつが徳川の化け物だな…!!さっさとこちらへ渡───ぐはァ!!」
「ひぃぃぃ…っ、ガハッ…!!」
でも、わたしたちが逃げれば逃げるほど、追っ手は追いかけてきて。
わたしたちの前に阻めば阻むほど、尚晴は人を殺してゆく。
わたしの噂はどんどん広まり、そのぶん捕らえた場合の報酬も莫大なようで、どこへ身を隠したって追い詰められている感覚しかしなかった。
どんなにどんなに逃げたって、ほんの少しの欠片を集めては追ってくる───と。
これは江戸で初めて出会った女に言われた言葉だ。
「尚晴、もう…いい」
今日も大好きな腕のなか。
いつもより静かな夜だったから、今日しかないと思った。



