奈落の果てで、笑った君を。

尚晴side




梅雨に入り、外へ行けない朱花はいつも退屈そうに雨空を見上げていた。

それからやっと雨が上がったある日のこと、一緒に屯所を出た昼下がり。



「尚晴!この花はなんていうの?」


「紫陽花だ」


「アジサイ?この色すき!」



めいっぱい地面を蹴り、両手を広げて青空を仰ぐ後ろ姿。


外の世界を目にすることができる喜び、走ることができる喜び、誰かへ笑いかけることができる喜び。

この少女にとって、なんの変哲もない日常そのものが奇跡のようなものなのだろう。



「じゃあそこの川にいる鳥は?」


「…カモ、じゃないか」


「かも?ふふっ、可愛いねえ」



ひとつひとつを覚えてゆく。

目に見えるすべてのものに興味を持ち、聞き、記憶する。


最初はそう、提灯すら知らぬ子だったのだ。



『尚晴、少しいいかい。君とふたりだけで話がしたいんだ』



徳川 家茂が京の都へ入京した日。

警備帰りの復路にて、佐々木 只三郎は俺を連れ出した。