「こういう色って認識はしてるよ。それを写実的に描き起こすのは容易いし、たぶんできるんだけど、それは俺の描きたい絵じゃないし。まあ、昔は──幼い頃は、俺も色を持った絵を描いてたんだけどね」
え、と。私は思わず瞠目して立ち止まった。
ユイ先輩が色のある絵を描いていたことがあるなんて、聞いたことがない。少なくとも五年前、先輩が中一だった頃には、すでにモノクロ絵を描いていたはずだ。
つまりそれ以前、ということだろうか。
「──……俺ね。中学に上がる前に、母を亡くしたんだ」
「……っ」
ユイ先輩は立ち止まった私の手を引いて、歩くよう促しながら続ける。
ちょうど深海魚エリアに到達したところだった。
海の奥深く、人の手が及ばない場所で生きている海洋生物たちに配慮してか、いっそう照明が暗い。それがなおのこと、ユイ先輩の発言を縁取って動揺を誘う。
「それから、色味のある絵を描けなくなった。なにひとつ」
「……お母さまの、ショックですか?」
「どうなんだろう。正直よくわからないけど……うん。でも、そうなのかもね」
ユイ先輩は、ふっと自嘲気味に息を吐いて、水槽に目を遣る。
「うちは家系的に好きなことをできる雰囲気ではなくて。父も、長男も、いまだにいい顔はしてないんだ。そんななか、母は俺が絵を描くことを唯一応援してくれていた人だったから。肯定してくれる人がいなくなったのは、大きいかな」
たしか春永家は、由緒正しい華道のお家元だと聞いたことがある。



