そこまでが日常だ。今日はそんな日常がないから、こんなに寂しいのか。
なるほど。そんな小さな時間の積み重ねで、俺は小鳥遊さんに惹かれたのか。
「俺ね、小鳥遊さん。君がいなかった四月の間、実は一度も終了時刻を過ぎるまで絵を描いてたことないんだよ。むしろ早めに切り上げてたくらいで。……だから心配ないよ、って言えたらカッコいいんだろうけど」
あの一ヶ月は驚くほど集中できなくて、絵がまったく描けなかった。あんなことは春永結生の人生では初めてのことで、正直途方に暮れていたくらいである。
だというのに。
「たぶん、ね。俺、小鳥遊さんがいる日常に、慣れすぎちゃったんだと思う。ほら、君が帰ってきたとたん、嘘みたいに描けるようになったでしょ」
さすがにそれが示す意味をわからないほど、俺も鈍感ではない。
「だから、ごめん。今の俺、きっと君がいないとまた沈んじゃうんだ」
小鳥遊さんは呆気に取られたように硬直して直立している。その困惑に染まった表情すら可愛く見えて、俺は思わずふっと口許を綻ばせた。
「大丈夫?」
「っ……、いや、ちょっと、ダイジョバナイかも、です」
はっと我に返ったのか、おろおろと視線を彷徨わせた小鳥遊さん。そのまま一歩、二歩と小さく下がって俯くと、上目遣いで恨めしそうな視線を送ってくる。
「お、遅くなったら先輩のお家の方も心配しますよ……」
「うん。だから、連絡して」
俺はスケッチブックの端っこを切り割いて、素早く自分の連絡先を書きこんだ。



